セミナー・シンポジウム報告

シンポジウム「海外テロ事件と報道」の開催について

  1. 2002年3月29日、東京(三田共用会議所)において、外務省主催((社)共同通信社後援、(社)海外邦人安全協会協力)によるシンポジウム「海外テロ事件と報道」が開催されました。
  2. 昨年9月11日の米国同時多発テロ事件など、日本人にとってもテロの脅威は身近な問題となっており、テロに関する質の高い情報提供についてマスメディアの果たす役割が大きくなっています。テロ事件報道は、事件の解決に消極的影響を与えかねないデリケートな面もあります。一方で、テロ事件の背景にある国際政治・経済情勢や海外情勢の的確な分析・判断も求められています。
  3. このシンポジウムは、このような問題意識の下で開催されたもので、危機管理の草分けである山崎正晴コントロール・リスクス・グループ日本法人社長による基調講演と、引き続いてパネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションでは、ノンフィクションライターの吉岡忍氏の司会により、パネリストとして江畑忠彦共同通信社編集局次長、奥原通弘元東芝海外安全対策センター所長、島森路子「広告批評」編集長、山崎正晴コントロール・リスクス・グループ日本法人社長、山田滝雄外務省邦人特別対策室長(50音順)が参加し、忌憚のない意見交換が行われました。また、聴衆として、悪天候にもかかわらず、企業関係者、マスコミ、NGO、学界関係者の方々など、約150名の出席をいただきました。
本文目次
  1. 個別発表
  2. 基調講演に対する各パネリストのコメント
  3. パネルディスカッション
    (1)
    海外テロ事件発生時の、企業、政府、報道関係者の体制のあり方
    (2)
    事件対応における報道と企業、政府の関係はどうあるべきか?
    (3)
    テロ事件報道の役割とは何か?
    (4)
    海外における日本のイメージ
    (5)
    外務省の海外危険情報と自己責任
    (6)
    日本人が危険に対する判断力をつけるには?
参考
広報資料
  1. 個別発表
    (1)

    昨年9月11日、米国で同時多発テロ事件が発生しましたが、コントロール・リスクス社(以下「CR社」)では、事件発生翌日の段階で、すべての客先に対し、この事件がオサマ・ビン・ラーディンのしわざであることはほぼ間違いなく、米国は間違いなく報復するだろう、その場合、世界のイスラム諸国では強烈な反米抗議行動やテロが発生する危険性があるとのコメントを発信しました。また、危険を避けるための具体的対策として、ある程度状況がはっきりするまでは新たな海外出張を取りやめ、すでに出張中の方は、安全な場所で行動を凍結すべきこと、アフガニスタン、パキスタン等からは直ちに退避すべきこと、海外での企業イベント等の開催はしばらく延期した方がよいこと、米国大使館、米国系のホテルやレストラン等米国関連施設は避けた方がよいこと等を客先に対して助言しました。

    (2)

    米国同時多発テロ事件以降の日本企業と欧米企業の対応を比較してみたいと思います。まず、日本企業ですが、大半の企業では、テロ事件の後、目的地にかかわらず不要不急の海外出張が禁止され、特に米国出張については多くの企業で原則禁止とされました。相当数の企業が、いまだに渡航規制を継続しています。米国出張についてこういった厳しい規制をかける一方で、米国駐在員や家族を帰国させようという動きはみられず、一部の米国駐在員の間では、この点に関する、会社の姿勢の一貫性のなさを批判する声も聞かれました。

    これに対して、多くの欧米多国籍企業では、テロが起きた9月11日直後は、とりあえず航空機での移動を24時間ないし48時間凍結する措置がとられました。しかし、それ以降の行動は「自主判断」とされ、事件の数日後には、特にリスクの高いアフガニスタンやパキスタン等の一部の国への渡航を除き、ほぼ通常の状態に戻りました。日本企業のように、社員の海外出張を長期にわたり一律に制限・中止する措置をとった欧米企業は、調査した範囲では見あたりませんでした。

    (3)

    テロ事件発生後、日本の各企業からCR社に対し、次のような相談が続々と寄せられました。「海外出張禁止の対象地域はどう決めたらよいのでしょうか。」「外務省は米国を危険地域として指定していませんが、米国への出張はどう考えたらよいのでしょうか。」「航空会社はどこを選ぶべきでしょうか。」「どうしても行かなければならない出張がある場合はどうすればいよいのでしょうか。」「渡航制限をいつまで続けなければならないのでしょうか。」「他社はどのような対応をしているのでしょうか」・・・・。このような相談の背景として、私は一つの共通したメッセージを感じ取りました。それは、各社とも、意識の底では「出張しても大した危険はない」と感じておられたのではないかということです。本当に危ないと思っておられたら、各社とも、CR社に相談なんかしないで、即出張を中止していたはずです。

    (4)

    このような問題意識を踏まえて、今回のテロ関連のリスクをタイプ別、すなわち、大規模テロ、ハイジャック、デモ・暴動、炭疸菌テロ、サイバーテロの5種類に分類して、いくつかの角度から比較・分析をしてみたいと思います(下表参照)。

    まず、一企業または一個人が被害に巻き込まれる確率がどのぐらいあるかということを「リスク度」という言葉で表現してみました。この「リスク度」で見ると、大規模テロやハイジャックの被害に遭う可能性は非常に低く、宝くじに当たる可能性よりもさらに低いと思います。一方、デモや暴動は、「点」ではなく「面」で発生し、もしその都市や町に居合わせれば確実に巻き込まれることから、「リスク度」はより高いといえます。サイバーテロに至っては、悪い意図と能力を持った者がその気にさえなれば、世界中の多数の企業や個人をパニックに陥れる危険性を持っているわけですから、「リスク度」は非常に高いのです。

    これに対し、皆さんがどれだけ怖いと思うかという「恐怖度」の面で比較して見ると、圧倒的に高いのはやはり大規模テロでしょう。それからハイジャックや炭疽菌テロも「恐怖度」の高いものの範疇にはいるでしょう。一方で、デモ・暴動やサイバーテロに関する体感「恐怖度」はかなり低くなっていると思われます。 次に、企業がどれくらいの対応策をとれるかという「対応難易度」ですが、大規模テロやハイジャックについては、ほとんど対策の講じようがありません。ですからこれらについての「対応難易度」は極めて高くなります。更に、企業としての「対応優先度」ですが、対処しようのないものに悩んでも仕方ありませんので、大規模テロとハイジャックは一番「対応優先度」が低いものと位置づけられます。

    リスクの種類 リスク度 恐怖度 対応難易度 対応優先度
    大規模テロ * * * * * *
    ハイジャック * * * * * * * *
    デモ・暴動 * * * * * *
    炭疽菌テロ * * * * * * *
    サイバーテロ * * * * * *
    (5)

    外務省の統計を見ますと、海外における日本人の死亡原因で一番多いのが病気、その次が交通事故で、テロ事件で亡くなった方の数は全体の1%未満となっています。このように、結果から見れば、テロで死亡する確率は非常に低いということが分かります。だからといって、べつに何もしなくてよいと言うつもりはありませんが、実はこの程度に過ぎないテロのリスクのために、企業の海外活動を大きく制限し、ビジネスチャンスを犠牲にすることが、果たして正しい経営判断といえるのでしょうか。一方で、病気と交通事故は、海外における最大の死亡原因となっていますが、駐在員の健康診断の回数を増やす、車での長距離移動には複数の車を用いるなど、企業が採り得る有効な対策はいくらでもあります。しかし、現実にこのような対策を講じている企業は数えるほどしかありません。このような企業のリスク対応を見ると、どこかバランスに欠けているような感じが否めません。

    (6)

    今回のテロ事件で、多くの日本企業が示した「過剰」ともいえるような反応には、マスコミの報道姿勢が大きく影響していたと思います。9月11日のテロ事件以降、テレビは大半の放送時間を使って繰り返しテロ現場の映像を流しました。これによって、「世界中がテロのリスクに満ちている」という印象を与えてしまったのではないでしょうか。また、マスコミが各企業に対し、どのようなテロ対策を講じているかについて取材して回ったことも、「魔女狩り」的効果を産んだような気がします。こういう取材に対して企業側が、「当社ではテロのリスクは気にしていません。」などと回答すれば、社員の安全軽視だとの批判を受けかねません。そのような状況下で、「当社では出張は自粛しております」「米国には一切行かせないようにいたしております。」云々と言っておいた方が無難じゃないかという心理が働いたとしても無理もありません。このようなマスコミの無言の圧力が、欧米企業に見られたようなリスクに対する冷静な判断を妨げた面もあるのではないでしょうか。

    (7)

    テロへの対応は、政府、国際機関、NGO等だけに任せておけばいいものではなく、企業にも大きな役割が与えられていると思います。テロリストの狙いは、世界中の人々を恐怖で震え上がらせることにより、世界経済を混乱におとしいれることにあります。このようなテロリストとの戦いにおける、企業としての第一の貢献は、「見てくれの恐怖」に惑わされることなく、冷静な判断に基づく安全対策を講じることによって、通常の企業活動を可能な限り継続することだと思います。また、進出国からの撤退や避難を考える前に、現地での安全操業の道を、現地社員と一体となって極限まで追求する努力を忘れてはなりません。経営者ご自身はあまり意識しておられないようですが、日本企業は、途上国において雇用を創出し継続することによって、テロの素地となるような社会的不公正や貧困をなくすことに、すでに大きく貢献しているのです。

    (8)

    誘拐、ハイジャック、人質立てこもり事件においては、被害者の家族、企業、政府等の事件の当事者側と、マスコミ側との間で、なかなか利害が一致しないことがあります。それを表にまとめてみました(下表参照)。事件の発生、犯人との交渉、事件の長期化、身代金の問題、そして各当事者の対応上の失態は、いずれも家族、企業、政府等にとってはイヤな話なのですが、マスコミにとっては格好の報道材料になります。

    (9)

    次に、マスコミ報道との関係で問題が生じた具体的な例をご紹介したいと思います。99年のインディアン航空機ハイジャック事件や昨年のイスタンブールでのホテル占拠事件では、事件がまだ進行中の段階で、人質の中に日本人が含まれていることが報道されました。このとき、もし犯人がラジオか何かでその報道を知ったとしたら、経済大国である日本の政府や企業に圧力をかけることを考えても不思議ではなく、もしそうなった場合には事件の解決や被害者の安全に大きな悪影響が及んでいた可能性があります。また、87年のマニラにおける商社支社長誘拐事件では、報道機関に人質自身のメッセージが録音されたテープが送付されました。これを送りつけてきた犯人の意図が、企業、被害者の家族、そして日本政府にプレッシャーをかけて、この問題を何とかするよう仕向けることにあったことは明白だったのですが、それでもこのテープは報道されてしまいました。更に、日本人が巻き込まれた事件ではありませんが、90年にエクアドルで発生したアメリカ人鉱山技師誘拐事件では、当初120万ドルであった身代金要求額が、交渉の結果一時は6万ドルにまで下がったのですが、テレビのニュースで人質の家族がカンパで11万ドル集めたことが報じられため、身代金が跳ね上ってしまいました。また、96年のメキシコ・ティファナにおける家電メーカー現地法人社長誘拐事件では、身代金200万ドルが支払われたと報じられたため、中南米各国に駐在する日本企業の方々を誘拐の恐怖に陥れる結果となりました。

      犯人 現地政府 日本政府 企業 家族 報道機関
    事件発生 × × × ×
    交渉 ×
    事件長期化 × × × ×
    身代金支払 × ×
    人質死亡 × × ××
    人質生還
    犯人逮捕 ××
    事件報道 × × × ×
    企業の失態 - - - ××
    現地政府の失態 ×× × -
    日本政府の失態 ×× -
  2. 次に、山崎CR社社長による基調講演に対して、各パネリストより以下のコメントが述べられました。
    (江畑共同通信社編集局次長)

    山崎CR社社長の基調講演でも触れられましたが、メディアがテロ事件に大きな関心をもつものだということはある面で当たっていると思います。テロという言葉は、普通には、一定の政治的目的を暴力によって達成する主義のことだといわれています。しかし、一口にテロといっても、実は、権力によるテロ、右翼によるテロ、左翼によるテロ、反政府活動として行われるテロ(実行者が英雄視される場合があります。)、それから無差別テロと、非常に多様であり、多面的に見なければその本質はわからないと思います。

    (奥原元東芝安全対策センター所長)

    第1に、9月11日の同時多発テロ事件は、世界の耳目を集めたショッキングな事件ですが、企業としてはこれに周章狼狽すべきではないと思います。企業が対処すべき事態は大規模テロ事件以外にも様々なものがあり、起こり得る危険を想定して対策をたて、事態が生じた場合に主体的に判断する能力を身につけておくことが重要です。

    第2に、テロ事件が起こった場合、マスコミへの対応は、事件対応そのもの以上に大変です。報道による様々な影響を考えれば、企業側がマスコミとの接触に消極的にならざるを得ない面があるのは判りますが、一方で、事件にうまく対応すれば企業のイメージが高まることもあり、マスコミを前向きに利用する姿勢も必要だと思います

    第3に、企業の海外安全対策の対象には、日本人職員だけではなく現地雇いの地域出身の従業員も含めるべきです。また、日本人が被害に遭う場合だけではなく、職員が現地の法律などに抵触して身柄を拘留されるようなケースについても関心をもつべきでしょう。

    (島森「広告批評」編集長)

    メディアの視聴者の立場から発言させていただきますと、9.11の報道は、最初は間違いなく報道でしたが、繰り返し流されていく中で、明らかに一種のプロパガンダになっていったという印象を持っています。そして、米国では悪いことは全てテロリズムが原因なのだという考え方に導くような報道がなされたりしましたが、一体なぜテロが起きるのかという本質的な問題が見えてこなかったことには疑問を覚えました。

    政府広報などでは、海外に向けての広報活動は手薄で、日本のイメージは依然として海外では良くありません。このイメージをどういうふうに変えていくかは、実は遠いようで、テロの問題と近い問題ではないかとも感じています

    (山田外務省邦人特別対策室長)

    今日の世界において、テロは、深刻で身近な脅威になっています。我々は否応なしに、その脅威と向かい合わざるを得ないのです。9月11日のテロ事件は、突然出てきたのではなく、米国国務省の統計によれば90年代の前半と後半でテロによる死傷者数は既に4倍に膨れ上がっていました。  9月11日から約半年が経過しましたが、事件の記憶が風化すればする程、逆に危険は高まるのではないかと懸念しています。3月に入ってからも、世界各地でテロ事件が発生しており、米国政府もテロ関連の警告を何回も発出しています。外務省としては全在外公館に体制の再点検を指示しました。

    テロ事件発生時のマスコミ対応のあり方については、毎回様々な教訓を得るのですが、なかなかそれがシェアされていません。今回のシンポジウムを通じて、いろいろな方々の経験、知恵、知識を、企業、NGO、観光業界、マスコミの方々、政府も入って、きちんとシェアしておきたいと考えています。

  3. 続いて行われたパネルディスカッションにおいては、以下のような論点について意見交換が行われました。
    (1)海外テロ事件発生時の、企業、政府、報道関係者の体制のあり方
    (奥原元所長)10年ほど前にコロンビアで東芝社員2名が反政府ゲリラに拉致、誘拐されました。この事件では、あらかじめ作成していた方針に基づき、事件発生後直ちに東京に対策本部をつくり、現地の対策本部には常時5名を派遣ました。そのうちの1名は、広報、マスコミ対応を担当させました。現地ではこの5名の動静が犯人側から監視されている節があり、二次被害の危険もあったことから、現地と東京とのやりとりは全部暗号にするなど、できるだけ目立たないように現地対策本部を運営しました。また、現地へ派遣する社員には海外経験の豊富な者を当てるようにしました。
    (山田邦人特別対策室長)第1に、初動は非常に重要で、常日ごろから、事件が発生したらすぐに動ける体制を徹底しておく必要があります。外務省には、いつ事件があっても直ぐに飛べるようにしているスタッフもいます。第2に、特に初動においては、マスコミ対応が現実には50%以上の業務比重を占めることから、普段からマスコミ対応に土地勘のある人間を必ず配属しておくことが重要です。
    (山崎CR社社長)危機対応では、対応担当者個人の資質を問う前に、会社が明確かつ現実的な対応方針を打ち出しているかが最大のポイントとなります。企業文化や現地の法社会制度を踏まえた、公正かつ現実的な対応方針を本社で作成し、各海外拠点にあらかじめ伝達しておくことが不可欠です。なぜなら、対応方針がなければ、初期対応すら間違ってしまう危険性があるからです。事件対応に適した人というのは、会社の意図を正確に理解した上で、独自の判断能力を持ち、決して独走することなく、必要があれば犯人側のみならず現地政府、警察そして自分の本社をも説得していく能力を持った人です。
    (江畑編集局次長)海外での事件取材においては、常に東京との時差を正確に把握すること、安全問題に気をつけること、情報が一番集まるところはどこかを把握し、大使館等と緊密に接触を持つこと、送信手段を確認すること、体調をきちんと管理することなどが重要だと思います。
    (島森編集長)9月11日の事件の報道に際して、ビルが崩れ始めたとき、レポーター本人が逃げ出して、状況を報告するどころではなかった場面があったのを見ましたが、やはりジャーナリストは、前衛部隊として、正確な情報を伝えることが使命なので、そこのところが、何か違ってしまっているなという感じを受けました。そして、その背景には、日本の国内にいる限りは、ぬくぬくとしていられるところがあり、シビアな現場で対応できる条件反射能力・判断力をどれだけ鍛えられるかが問題となっているのだと思います。
    (2)事件対応における報道と企業、政府の関係はどうあるべきか?
    (江畑編集局次長)事件対応では、マスコミは最初から蚊帳の外に置かれ、事件発生そのものをキャッチできない場合もあります。企業の対応は、基本的にマスコミをシャットアウトして人質救出に当たりたいというものでしょうが、その中でどういうふうに事実を報道していくのかということがメディアに突きつけられた課題だと思います。
    (奥原元所長)誘拐事件の場合、交渉経過等公表できないことが多いのですが、だからといってマスコミをシャットアウトするのではまずいと思います。前述の東芝職員の誘拐事件では、東京サイドで広報部門が毎日、定期的なプレス・ブリーフを行いました。しかし、現実には時間が経つうちに話をすることがなくなってしまい、マスコミは情報を求めて、犯人にアプローチしたり、懸賞金をつけた情報収集等を始めるようになりました。こうした取材活動は犯人側を刺激することにもなりかねませんので、マスコミ側に自粛をお願いしたこともありました。
    (山田邦人特別対策室長)邦人の方が海外でテロ事件に巻き込まれた場合、外務省は、現地政府、国際機関、赤十字、影響力を有する外国政府、地元や海外の有力者等、ありとあらゆる関係者に事件解決のための協力を求めて動きます。問題は、もしそういう動きが外部に漏れると、犯人側の期待感を高め、相手側の要求にそれが反映したり、事件の解決を遅らせる原因にもなり得ることです。また、情報が漏れることによって協力者の身の安全にも影響が及ぶこともあり得ます。したがって、私どもは、自分たちの活動については一切明らかにしないという方針をとらざるを得ないのです。
    勿論、メディアは重大な使命を帯びておられます。邦人を巻き込む重大なテロ事件が起きた場合、メディアがそれを報道されようとするのは当然だと思います。ですから我々はメディアに対し、「とにかく言えません」という態度をとるのではなく、どういう問題があり、なぜ公表できないのかということを理解してもらうため一所懸命に説明するようにしています。そして、大事なのは、メディアをミスリードしないこと、さらに、一定の信頼関係を築けるように、事件の解決に影響のないような話についてはきちんと説明していくことだと思います。
    (山崎CR社社長)日本のメディアは、一緒に取材をして、一緒にコメントを聞き、一斉に社に走って書き、自社の紙面が他社と一緒だと安心するというように、「仲良しクラブ」みたいな感じがします。一方、外国のメディアは独自取材をしますので、自分で掘り下げた取材をする人、個人的ルートで話を聞く人、過去のケースを引っぱり出して分析する人と様々です。それから、途上国まで目を移せば、無責任なメディアのいる国、言論の自由が日本よりもはるかに認められている国など国によりさまざまですね。
    (島森編集長)誘拐事件というのは、いわゆる報道の論理がストレートに通じない世界なのだと思います。しかし、だからといって、いつもいつもマスコミをシャットアウトすることが決して良いわけではなく、ケースバイケースで、それぞれのジャーナリストが判断するということがあってもよいのではないでしょうか。一方で、ジャーナリズムは早さを求めますが、人の命がかかっているときまでライブを求めるほど今の視聴者は擦れていません。メディアの側も、早さをどこかで我慢する必要があるのではないかなと感じています。それから、事件が解決した後には、一体何が起きていたのか、その問題の背景も含めて情報を開示して伝える必要があると思います。
    (3)テロ事件報道の役割とは何か?
    (吉岡司会者)一連の報道を通じて、貧困とか二重社会性とかいったテロリストが生まれる土壌が見えてきます。そういう情報の蓄積によって、日本人の世界認識が厚みを増してくるのだろうと思います。報道が持つ役割は、事件の推移を報じるだけではなく、このような形で我々の世界認識に影響を与えることにもあるのだと思います。
    (江畑編集局次長)9月11日後の報道の課題の一つは、テロを生み出す土壌、構造が一体何なのかということを読者に提供することでした。テロリスト達の動機、考え方は、米国による一極支配の構造、つまり軍事、マネー、技術をすべてアメリカが握っている世界秩序の中で異議を申し立てるにはどうしたらいいかということにあったという見方もあります。また、今回のテロは石油資源戦略を含めたアメリカの中東政策のつけが回った結果だと言う人もいます。さらに、今回の事件の背景には、パレスチナにおける暴力の連鎖、オサマ・ビン・ラーディンとCIAの関係、国際的な武器輸出の問題などがあったという点も押さえておかねばならないのではないでしょうか。共同通信の編集局の方針は多様な意見を紹介することにあり、共同通信に限らず、日本の活字メディアはかなり問題の本質を探る努力をしてきたのではないかと思います。
    (吉岡司会者)今回はテロの被害者に焦点を当てた良い報道がほとんどなかったような気がします。被害者一人一人の悲惨さ、悲しみ、喪失感、怒りなどについてもメディアはもっと伝えるべきだったと思います。
    (島森編集長)確かに現在のニューヨークの人たちの気持ちや空気がほとんどメディアには載ってこなかったという印象がありますね。
    (山田邦人特別対策室長)私どもがやっている邦人保護業務というのは、被害者の方、家族の方、ご友人の方といった生身の一人一人の人間との接触の中での活動です。今回の事件では、あのような究極的な状況に置かれて被害者や家族の方々等が一体何を感じられたのか、そのときに私たちがどういうふうにお手伝いすべきだったのかといった点について、深く考えさせられ、様々な教訓を得ました。この教訓を今後にどう活かすのか、現在内部で真剣に検討しているところです。
    (奥原元所長)企業としてけじめをつけるという意味で事件の総括を行うなかで、当事者の声を伝えるという要素があってもいいのだろうと思います。
    (4)海外における日本のイメージ
    (山崎CR社社長)今回のテロ事件に関する日本のマスコミの論調は、自分は何の罪も犯していないという立場に立っているような気がするのですが、果たして、われわれにそのような善人面をする権利があるのでしょうか。私は今回のテロを、グローバリゼーションの中での「勝ち組と負け組の戦い」として見ています。日本は、勝ち組の筆頭として、貧しい国から原料を買い、貧しい国の安い労働力を利用してものを作り、またそれらの国に製品を売って良い生活を享受していながら、善人面をして今回のテロを他人事のように論評する姿勢には疑問を感じます。日本企業の海外現地法人で働く現地社員の方々とお会いしたとき、日本人への無言の反発や軽蔑を感じることは珍しくありません。対策の第一歩は、われわれ自身が国際社会の中でどのような立場にあり、どのように見られているかをよく知ることだと思います。そうすることにより、自ずと採るべき対策が見えてくるのだと思います。
    (島森編集長)日本人はお金の人々だと思われているわけですね。それから、お辞儀ばかりする、いわゆるダサいというイメージが、実はまだかなりあるのです。欧米の映画なんかに日本人が出てくるときは、ほとんど格好悪いですね。イメージ改善のための情報戦略・文化戦略があった方が良いし、実は遠いように見えるけれども、それを追求することが結果的にはテロリズムを防衛する道につながるのではないかという気がします。
    (5)外務省の海外危険情報と自己責任
    (山田邦人特別対策室長)

    9月11日のテロ事件発生以前の昨年5月から9月までの間に、外務省ではアル・カーイダ等のイスラム過激派によるアメリカの権益に対するテロの危険性に関する「海外安全相談センター情報」を12件発信しましたが、残念ながらメディアではまったく報道されませんでした。しかし、最近のイタリア4都市におけるイースターテロの可能性に関する注意喚起については、数紙がかなり大きく報じており、メディアの対応も変わってきていると思います。

    外務省の発出する海外危険情報は決してオールマイティーではないことは正直に申し上げたいと思います。危険というのは極めて多様な要素からなり、各々の地域、状況によって全然変わってきますし、時間によっても絶えず変化しています。また、皆さんがどういう安全対策をとられるかによっても、危険の度合いは大きく変わってきます。海外危険情報というのは、このように多様で捉えがたい危険というものを、大くくりにして1つの目安として提示しているものです。ですから、危険については、最終的には、個々人が自分の目で見て、ご自身でご判断いただくというものだと思うのです。

    (6)日本人が危険に対する判断力をつけるには?
    (山崎CR社社長)長い歴史の中ではぐくまれた日本人の性格を一朝一夕に変えることはできません。危険判断能力を身につけるには時間がかかります。それまでの間は、安全を「買う」必要があります。少なくとも情勢判断や具体的対策については、外部の専門機関を利用することが現実的だと思います。特に生命の安全に関わるような事柄について、生兵法は危険です。たとえば、銃がなければ身の安全を守れないような場所では、自分で銃を持つより、信頼のおける武装した警備員を雇う方が賢明だと思います。ただし、たとえ時間がかかっても、日本人が危険判断能力を身につけるための努力は怠るべきではないと思います。
    (奥原元所長)よくあるような「べからず集」のマニュアルを作っても、使われることは先ずないと思います。ですから、その企業なら企業の中で必要なときに、海外危険情報を検索し、利用できる仕組みをつくっておくことが重要だと思います。
    (江畑編集局次長)パック旅行は非常に日本人的だなと思います。やはり手間暇かけて、自分でアレンジして旅行し、現地を歩いたり、1冊の歴史書を読んだり、いわば定点観測的なことをやり、日本人というのは一体どういうふうに見られているのかということを自分なりに確かめる。そういったことを地道にやっていくことが、時間がかかり、遠回りだけれど、安全につながると思うのです。

    ページの先頭へ戻る

司会者・パネリストの紹介
司会
吉岡 忍
司会:吉岡 忍(よしおか しのぶ)
ノンフィクションライター

1948年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。大学時代に『べ平連ニュース』の編集に参加。1987年、日航機墜落事故をテーマにした『墜落の夏』で第9回講談社ノンフィクション賞受賞。他に『日本人ごっこ』『鏡の国のクーデター』など。最新刊は『M/世界の、憂鬱(ゆううつ)な先端』(文藝春秋社刊)。テレビ朝日「ニュースステーション」では、独特の手法を用いさまざまな現場に出かけている。

パネリスト紹介(50音順)
江畑 忠彦
江畑 忠彦(えばたただひこ)
社団法人共同通信社編集局次長

1946年生まれ。1969年早稲田大学法学部卒。同年共同通信入社。警視庁クラブ・キャップ、大阪支社社会部長、本社社会部長、編集局企画委員などを経て2000年7月から現職。この間、大半を社会部記者として過ごし、和田教授・心臓移植捜査、連続企業爆破事件、日本赤軍テロ事件、グリコ・森永脅迫事件、リクルート事件などほぼ一貫して警察・検察の事件・事故、裁判報道に携わる。現在、共同通信の第3者機関「報道と読者」委員会・事務局長を兼務。著書に『共同通信社会部』(編著)がある。

奥原 通弘
奥原 通弘(おくはら みちひろ)
元東芝海外安全対策センター所長

1935年生まれ。京都大学経済学部卒。1958年東京芝浦電気(株)(現(株)東芝)入社。1974年東芝ヨーロッパ社社長(駐ドイツ)、1979年第一国際事業部地域第二部長、1985年第一国際事業部業務部長等を歴任し、1988年国際企画室長に就任。海外安全問題の重要性を社内提起し、後の専門組織「海外安全対策センター」の設置につながる。1990年4月に海外安全対策センター所長に就任、当時他に余り例を見ない海外安全に関する社内の体制・ルール作り及び社外ネットワーク構築に取り組む。1990年の湾岸戦争でのイラクへの連行拉致、1991年の南米コロンビアで発生した社員誘拐事件で解放、解決までの業務を担当する。1995年定年退職後、主要東芝グループ会社11社の海外安全対策を指導。

島森 路子
島森 路子(しまもり みちこ)
『広告批評』編集長

秋田県生まれ。立教大学社会学部卒業。講談社で児童図書などの編集に関わったのち、マドラ・プロダクションに入社。『キャッチフレーズ3000選』、『今日の広告』の編集などにあたる一方で、広告評論活動を開始。1979年天野祐吉氏と共に『広告批評』を創刊し、副編集長、メインインタビュアーを務める。1988年より編集長となり、狭い広告のワクにとらわれないユニークな企画を打ち出し続けている。1990年にはフジテレビ「FNNニュースCOM」のキャスターを務めたほか、評論活動やテレビのコメンテイターなど、さまざまな場面で活躍している。著書に『広告のなかの女たち』、『コピーライターの冒険』、エッセイ集『わがまま主義』(PHP研究所)、『夜中の赤鉛筆』(新書館)、作家橋本治氏との対談集『仲良く貧しく美しく』(マドラ出版)、『銀座物語』(毎日新聞社)などがある。最近刊は広告に登場した女たちを通して戦後女性史を綴った『広告のヒロインたち』(岩波新書)。

山崎 正晴
山崎 正晴(やまざき まさはる)
コントロール・リスクス・グループ日本法人代表取締役社長

1948年東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業と同時に英国ロイズ保険在日エージェントに入社。1979年~1980年の英国留学の間に、コントロール・リスクス社の創業者であるジュリアン・ラドクリフ氏から独自の「危機管理理論と手法」を学ぶ。1981年の帰国後、コントロール・リスクス社在日エージェントとして、ラドクリフ氏が開発した「誘拐事件対応手法」及び「企業危機管理手法」を日本に初めて紹介、以降日本における危機管理コンサルタントの草分けとして危機管理の普及と実践に努める。1991年、コントロール・リスクス・リミテッド取締役、1992年に初代日本支社長、2001年にはコントロール・リスクス・グループ株式会社(日本法人)代表取締役社長に就任。多くの企業に対するコンサルティング活動の傍ら、内外で多数の講演活動を行う。

ページの先頭へ戻る

広報資料

ページの先頭へ戻る