国際テロ情勢は、9.11米国同時多発テロ事件が一つの転機となっている。同事件以降、各国の対テロ取締りが強化されるなど、テロ対策が進展してきている。
一方、各国の対策に対し、テロリストも新たな反応を示してきている。テロを実行する際、より効果的なタイミングとインパクトを計り、昨年スペインでの列車爆破事件、本年7月のロンドンにおける地下鉄等爆破事件等、ソフトターゲットを標的としている。
イラクでは1月に国民議会選挙が実施されたが、テロ組織は、政治プロセスを妨害するために、選挙など政治的動きがある場合にテロ活動を活発化させる傾向があり、また、イラク情勢が国際テロ情勢に影響を及ぼしているため、イラクの動向からは目が離せない。
現在、観光地、公共交通機関などがテロのターゲットとなっている。海外勤務の際には、公共交通機関等日常使われるような場所、休暇で滞在する観光地等でテロに巻き込まれる可能性があるので、休暇時を含む日常における安全意識の向上が重要。
国際テロ情勢が新しい動きを見せている中、依然として誘拐、脅迫等従来型のテロの脅威も高い。誘拐事件は中南米地域、フィリピン等で多く発生している。誘拐事件の分類としては、中南米地域で発生している短時間誘拐、コロンビア、フィリピン等における身代金目的の誘拐、地域的にはそれ程多くはないが、イラク、アフガニスタンのような政治目的の誘拐がある。最近では海賊事件も発生しており、地域、情勢により様々な形態の誘拐事件が起こり得る。
誘拐対策の留意点としては、住居の警備強化、情報収集等の予防が第一である。事件発生後は、犯行主体等に合わせたケース・バイ・ケースの対応、事件の進展に遅れないための迅速な対応、専門的知見を有する者など相談相手の選択が重要。
予防策としては、現地文化に適合する、目立たない等問題を発生させないための努力が必要。また、誘拐は、職場の現地職員、自宅の使用人が誘拐犯の内通者となって事件に係わっているケースが多々ある。従って、人を雇う際には身元確認など十分なチェックを行う必要がある。
実際に事件が発生した場合には、まずは早急に現地の日本大使館、総領事館に連絡して頂きたい。国によっては治安当局の中に誘拐対策専門のユニットを有しているところもあるので、在外公館を通じて、現地治安当局の然るべき者に相談することが肝要。
政治的要求、身代金などのテロリストの要求に譲歩した場合、事件再発の危険性があり、また、国によっては身代金の支払いが違法行為になるところもあるなど、原則、日本政府はテロリストに対してノーコンセッション(譲歩しない)である。事件の対応については、被害者側が主体的な判断により最終的な決定を行う必要があるが、日本政府としても被害者側へのアドバイス、現地政府に対する被害者の安全確保及び早期解決の依頼等最大限の支援を行う。
被害者側の対応としては、事件解決への支障、関係者の生命の危険、事件の再発を防ぐために、犯人側からのコンタクト・交渉、治安当局との関係については一切対外的にコメントしないなど、情報管理の徹底が重要。
誘拐は、実際に起きる可能性は低いが、発生した場合は企業の総力が試されるなど、組織にとっては最も対応が難しいリスクである。誘拐は世界各国で発生しており、中南米地域ではコロンビア、アジア地域ではインドネシア、フィリピン、中央アジア地域等で多発している。また、誘拐は公表されていない事件も多く、実際の発生件数は公表されている数の数倍以上になる場合もある。
誘拐対策の基本は大きく分けて3つある。1番目は、通常、誘拐犯は複数の標的の中から、一番狙いやすい者をターゲットにする。従って、標的とならないために、誘拐のリスクが最も低くなるよう事前に自覚を持って準備することである。
2番目は、自分の直感を働かすことである。一例として、以前、当社(クロール社)で勤務している元米海兵隊の屈強な男性4人がエレベータに乗っていた際、日本人女性1人がエレベータに乗ろうとしてきた。女性は一瞬彼らと目を合わせたものの、目線を下に向けたままエレベーターに乗り込んできた。この様な場合、相手が暴漢である可能性もあり、非常に危険な行為である。彼女の場合は、男性を見た瞬間直感を働かせ、即座にエレベーターに乗ることを止めるべきであった。
3番目は、技術的な話であるが、誘拐を避けられる瞬間というのがある。拳銃を向けられる直前、羽交い締めにされる直前等、自分自身で逃げることができなくても、その瞬間に大声を上げる、壁をたたく、車のクラクションを鳴らす等、危険を周囲の者に知らせ、周りの誰かが助けてくれるチャンスを作ることである。
実際に事件が発生した場合、誘拐グループについての情報収集、メディア対応、現地の日本大使館・総領事館及び地元警察への連絡、危機管理チームの立ち上げ等、企業として行わなければならないことが多くある。業界用語で48時間又は72時間ルールというものがあり、その間に、今後の企業の趨勢を左右するような重要な判断を求められることがある。そのためには外部のサポートによる専門的知見も必要。
誘拐された場合、人質の9割は無事生還し、1割は何らかの形で死傷する結果となっており、身代金目的の誘拐の場合、かなりの確率で人質は無事解放されている。拘束中は、犯人との人間関係の構築、適度な運動や頭を使うこと、出された食事は必ず食べる(交渉が上手くいっていない場合、食事の量が減る若しくは食事がなくなることもある)、可能であればテレビ・ラジオにアクセスする、自分で犯人と交渉しない、治安当局が武力行使に出た場合弾丸等から身を隠すための場所の確保等を行うことが肝要。また、被害者解放後は、被害者、家族、関係者等のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対するメンタルヘルスケアの配慮も必要。
以前、メキシコシティーで社員が車で帰宅中、夜8時半頃コンビニの駐車場に止まった際、車で後ろから付けてきた3人組に銃を突きつけられ、車のトランクに押し込まれ連れ去られた。犯人は身代金を要求してきた。その後検問所での尋問を切っ掛けに犯人が逮捕され、被害者は15時間後に解放された。
誘拐対策として「用心する」、「行動を予知されない」、「目立たない」という三原則が重要であるが、この事件では、被害者は新車に乗っていたことから、目立ったために誘拐された。
中南米地域では短時間誘拐が多発している。同誘拐の犯人グループは常にターゲットを物色しており、計画的な誘拐ではなく偶然居合わせた者を誘拐する。身代金も高額ではなく、身代金を支払えば人質は直ぐに解放される。
以前、海外進出日系企業の現地社長がゴルフの帰り道で誘拐された。誘拐現場は現地では危険な道であるとされていたにも拘わらず、危険な夕方の時間帯に通って誘拐された。これは被害者が不用心のために誘拐されたケースである。
誘拐の被害者には海外経験の長い人が多い。これは、海外経験が長い人ほど、現地事情に精通する一方で、次第に警戒心や用心が薄れていき、自分だけは大丈夫だと変に自信を持ってしまうことが考えられる。
1996年にペルーで発生した在ペルー日本大使公邸占拠事件、1999年にキルギスで発生したJICA職員拉致事件等政治目的に利用された事件もある。これら事件のように政治目的の場合、各国政府等も関係してくるなど、複雑化且つスケールが大きくなり、解決するまでに相当な時間を要する。
当社ではペルーでの大使公邸占拠事件を受けて、1998年に社員とその家族の安全対策を強化するために、海外安全対策室を設置した。本社サイドでは、外務省、マスコミ等からの最新情報の収集及び現地に対する注意喚起、各種マニュアルの作成、赴任前講習会の開催等を行っている。特に中南米、フィリピンには多くの社員、その家族が滞在しているので、普段から安全対策には注意している。
実際に事件が発生した場合、24時間体制が取れる緊急対策本部の設置、外務省・現地治安当局への連絡、被害者留守宅の世話、長期戦になった場合の交代要員の準備等を行っている。
本社より現地サイドに対して、現地在外公館からの情報収集、在外公館が開催する安全対策セミナーへの出席等を行うよう指示している。また、地域の危険レベルに応じて、住居の防犯対策(避難室の設置)、防弾車の利用、ディフェンシブ・ドライビング訓練等の対策を実施している。
なお、事件が発生した際には、直ちに現地日本大使館、総領事館に連絡する必要がある。先に現地警察に連絡した場合、外部に情報が漏れたり、また、大使館の捜査ルートと異なることにより、問題が発生する可能性がある。
誘拐対策は三原則((i)「目立たない」、(ii)「行動を予知されない」、(iii)「用心を怠らない」)を徹底することに尽きる。その中でも最も重要なのは(i)である。また、長期間これら全部を遵守するのは難しいので、(i)と(ii)若しくは(i)と(iii)の組み合わせでも効果はある。
誘拐事件に対する企業側の対応としては、第一に、企業は社員が誘拐されないよう、十分な安全対策を講じる必要がある。第二に、誘拐犯が身代金を要求してきたとしても、安易には要求に応じないなど、しっかりとした交渉技術を持つことである。第三に、実際に事件が発生した際には、企業としての社会的責任も含めて、その対応振りについては十分に検討する必要がある。