海外における危機管理で、頻度としては第一に一般犯罪、交通事故、第二に騒乱、第三にテロという順で、テロ自体が発生する可能性は低い。しかしテロが発生すると、特殊なインパクトがある。テロは警戒することで対応することができる。
誘拐について、最近、中国では多数誘拐事件が発生しており、富裕層、ビジネスマン等が標的となっている。ビジネスのもつれから監禁・誘拐事件に発展するケースもあり、今後、この種の事件には注意を要する。
日本人がテロの被害にあった例は少ない。しかし2003年10月18日のアル・カーイダ関係者によると見られる声明以後、日本に言及した声明が合計8件発出されている。日本人が営利目的で誘拐された例はあったが、日本人がテロのターゲットにされる旨言及されたのは初めて。
最近のテロは、洗練化(例えば連続して爆発するようコーディネートする、移動中の列車を爆発させる)、ソフト化(少しでも警戒が弱い場所を狙う)してきている。
外務省としてテロに関するリスクの評価基準として考えるのは、テロの脅威実績、テロ組織の存在だけでなく、在留邦人が多いかどうか等も勘案する。
外務省の役割としては、情報収集と情報提供、政府と民間企業間の連携、対日感情を良いものにしていくこと。日本国内における警察や消防のように装備や権限を有しているわけではないので、在外公館ができることには限界がある。在外公館は現地の当局に依頼し、現地当局と連携して事件に対処していく。
政府としては、第一に、自衛隊を撤退する理由はなく、また、自衛隊は人道復興支援に従事していることを表明し、第二に、拘束されている邦人は民間人であり、イラクの友人であることを強調し、第三に、あらゆるルートを通じてイラク関係当局、関係国政府等に対して、静かに協力を要請する等の対応をとった。
アル・カーイダは、タリバンの壊滅や幹部の逮捕や死亡の結果、その活動の初期と比較すると、テロの実行能力が弱まっている。そのため、以前は米国大使館やペンタゴンなど難度の高いターゲットを攻撃することが出来たが、最近では、比較的攻撃の容易な民間施設を狙う傾向が強い。アル・カーイダは、世界各国のイスラム過激派グループを包含した、フランチャイズ・チェーンのような緩やかな組織を構成している。そのような組織の中で、本部であるアル・カーイダは「宣伝」「方針策定」「技術指導」等を行い、各地域のフランチャイズに相当するイスラム過激派グループはテロの実行を担当するという関係になっている。以前は「本部」からフランチャイズに多額の資金が流れていたが、各国治安当局が資金の流れを押さえることに成功を納めつつある中で、現在では、各地域組織は自活を余儀なくされつつある。
タリバン政権の庇護の元、アフガニスタンにおいて多くのイスラム過激派が訓練を受けてきたが、現在では、イラクがその役割を果たしている。アフガニスタンでは、世界中からイスラム義勇兵が1万~2万人集まったとされ、その内5千人以上がインドネシア、フィリピン、マレーシア等の東南アジアからやって来たとされる。
教会等の宗教施設、観光施設(ジャカルタのマリオットホテル、バリ島のディスコ)等が狙われてきている。アテネオリンピックにおいても、警備の厳しいスタジアムよりも、米国人や、イスラエル人が集まるレストランやディスコ等の方が狙われやすい。テロリストは、どこでも無差別に攻撃するわけではない。ほかに特別な理由がない限り、彼らは複数の標的候補を比較検討した上で、少しでも警備が弱い場所を選択肢攻撃する。それは、彼らも失敗を恐れるからである。このことが、警備強化に努力し、周辺他施設よりも、少しでも警備が厳重な状態を作ることに「意味がある」といえる根拠である。
一般的に、国内で汚職が多く見られる国では、テロ対策の実効性が上がっていない場合が多い。
状況はかわらない。MILF(モロ・イスラム解放戦線)との和平交渉が進んでも、ミンダナオにおいては襲撃事件等が続くものと予測。NPA(新人民軍)は革命税を企業に要求する等のテロ行為を続ける。ASG(アブ・サヤフ・グループ)によるマニラでの爆弾テロの可能性がある。
JI(ジュマ・イスラミーヤ)は多くのメンバーが逮捕され弱体化したが、イラクにおける誘拐事件を真似て、今後、外交官やビジネスマンを誘拐する可能性がある。
東南アジアではシンガポールに次いで治安は良いが、サバ州東側海域の島嶼部等のダイビングスポットでは、ASGによる誘拐事件が発生している。
プーケットには、欧米、イスラエル人が多く集まることから、ターゲットになりうる。タイ最南部では、地元ゲリラ組織による警察や軍の施設に対する攻撃が多く発生しているが、現在までのところ、アル・カーイダとの関連を示す証拠は示されていない。
マラッカ海峡における海賊行為は前年比倍増。これまでのところ、テロ組織と海賊との連携を示す証拠は示されていないが、その可能性は常にあり得る。これまでアル・カーイダは米国海軍艦艇やフランスのタンカー等に対する攻撃を行ってきたが、その後海上におけるテロは実行していない。その理由としては、移動中の船に対する攻撃は容易ではないこと、船を沈めるだけの爆薬を持ち込むことは容易ではないことがあげられる。
実際に誘拐事件が発生した場合には、まずは早急に現地の日本大使館・総領事館に連絡して頂きたい。国によっては、現地治安当局の中に誘拐対策専門のユニットがあるので、在外公館を通じて、現地の然るべき者に相談することが肝要である。国によっては身代金の支払いが違法行為になるところもある。日本政府の原則も、日本政府はテロリストに対してノーコンセッション(譲歩しない)である。事件の対応については、被害者側が主体的な判断により意思決定を行う必要があるが、日本政府としても現地政府に対する依頼等最大限の支援を行う。被害者側の対応としては、類似事件の再発を防ぐためにも、プレス対策、内部の関係者に対する情報管理の徹底が重要である。また、被害者をはじめ、被害者家族、現場対応担当者のストレスは甚大なので、「Care(ケア)」の観点から、メンタル・ヘルスについてもマニュアルに入れる必要がある。
ターゲットにならないよう、警備強化に一層の努力が求められる。誘拐対策も同様だが、キーポイントは、他の潜在ターゲットと較べて、少しでも攻撃しにくいターゲット(ハード・ターゲット)になることである。サウジアラビアのリヤドで、2003年5月に外国人居住区(コンパウンド)に対して自動車爆弾による攻撃がなされた。それ以降、リヤドの大半のコンパウンドでは、入り口に頑丈なコンクリートブロックを設置して防御することとなった。しかし同年11月に、別なコンパウンドで、テロリストグループが警察車両に偽装した車で検問を通過し、爆弾テロを行うという事件が起きた。さらに、先日のアル・コバルでの事件では、軍服を着て軍人に変装したテロリストが、コンパウンドに侵入しテロ事件を引き起こした。このように、テロリストの手口は変化する可能性があるため、対策には、イマジネーションが求められる。テロは、病気や交通事故と比べて発生の確率は低いが、何も対策を採らずに被害にあった場合、企業責任を問われることとなり、会社の信用喪失といった二次的被害が発生する可能性がある。ここで企業に求められるのは「分相応の努力」すなわち、会社の業種、規模、知名度、所在地などに応じたが過不足のない対応である。米国同時多発テロ事件の後、日本企業は7ヶ月間にもわたり不要不急の海外出張を自粛した。同じ時、欧米の大半の企業は、早いところでは48時間、遅いところでも1週間後後には通常業務に復帰した。これは、リスクに対する考え方の違いが反映したもので、やや極端な言い方をすれば、日本企業が「リスクはとにかく避けていこう」という考え方なのに対して、欧米企業は「必要でありかつ正当化できるものであれば、リスクは積極的に取っていこう」という考え方である。テロ関連の情報収集においては、特定の日を知っておくことが重要である。対策策定に際して、ラマダンやテロ組織の記念日、選挙日程等を考慮に入れる必要がある。選挙に関して言えば、現在のイタリアの状況には、鉄道テロ直前のスペインの状況と多くの共通点が見られることから、今後注意を要する。
外務省及び国土交通省の規制緩和に伴い、旅行会社には「自己判断」、「企業判断」が求められることになってきている。大部分の旅行会社にとっては、外務省が、渡航情報(危険情報)において「渡航の是非」を発出している地域や都市に対し、ツアー旅行を実施するのかどうかが重要なことになるが、近畿日本ツーリスト(KNT)では、対策をとり、情報収集を行うことにより、原則実施することにしている。
各種のリスクを頻度と影響度で分類し、対策を立てる必要がある。テロ発生の頻度は少ないが、影響度が高い。2002年10月のバリ島爆弾テロ事件の1週間後、JATAは調査団を派遣した。その際にコントロール・リスクス(CR)社の専門家も同行し、各ホテルと協議した。その結果、日本人が泊まるリゾートホテルについては、日本人の行動パターンからすると問題ないと判断したことから、10日後には、バリ島観光のパッケージ商品の販売を再開した
KNTでは、日本旅行医学会、CR社のような専門家のアドバイス、外務省、現地での情報収集の3つの視点から情報収集を行い、確認を行っている。KNTでは、これにより、単に「安全です」というだけでなく、「シートベルトつき海外旅行」を実現させることを目標にしている。
関連国家をエジプト、トルコ等の中東周辺国、インドネシア、フィリピンのようなアジアのイスラム関連国、イラク戦争に参戦している国に3つに分類し、対応を検討した。また、イラク戦争に関する情報をCR社に依頼し、提供してもらった。イラク戦争の開戦日と予測した3月15日から2週間を最も警戒した。毎日、関連地域に何人の客がいるのか確認した。
2003年11月20日のトルコのイスタンブールにおける爆弾テロ事件の際には、事件発生と同時に、通信社の速報で事件を把握し、すぐに安否確認を行い、トップに報告した。また、ツアーの実施予定を把握した(今後1,000名以上がツアーに参加する予定であることが判明)。
CR社に情報分析を依頼したところ、厳しい回答があった。外務省は、渡航情報(スポット情報)を発出した。現場の情報も収集させた。危険回避の措置を取りつつ、縮小(自由行動禁止、宿泊地の変更、観光地の絞込み、大使館への日程・連絡先の連絡等)し、実施することとした。外務省の危険情報が発出される前に対策をとり、調査員も派遣した。
同21日、外務省が危険情報を「渡航是非」に引き上げることが判明したが、すでに対策を採っているとして、(b)の方針に変更が無いことを社内に伝達。顧客に対しては、調査員のレポートによる観光地の警備状況等を写真で情報提供。
理不尽な不安感を克服するためには、啓蒙活動が重要。セミナー形式で情報提供を行うことが効果的。旅行会社がまず不安感を拭い去る必要がある。また、顧客も感染症の情報に詳しくなってきていることから、情報を隠すことにより、当該旅行会社に対する不信を誘発しかねない。
衛生と健康管理に関するSARS現地対応策リストを作成し、中国と香港の宿泊施設、バス会社、旅行会社等に対し、リストの各項目を実行しないのであれば、取引をしないと説明したところ、中国でもこのリストの項目を実行してくれた。これにより中国の旅行業界の危機管理能力を向上でき、WHOからも評価された。
日立グループはおよそ1,000社で構成され、全従業員は約30万人。そのうち、リスク対策部が管轄しているのは137社、約20万人であり、その家族を加えれば、100万人に達する。リスク対策部は、各社と連携してこの100万人を活動対象としてリスク対策に取り組んでいる。リスク対策部が対策案を作成し、社長を含む執行役員3人のうちの誰か1人と協議の上、対策を決定する。
日立グループはこれだけの大所帯であり、日頃から身構えている。そして、何か大事が起きたときには、日立関係者が巻き込まれている可能性が高いことを踏まえて直ちに初動を開始する。SARS流行、イラク戦争、米国同時多発テロなどでは、社員・家族の人数分の大きなリスクを痛感しながら相当の緊張感の中で迅速な対応に努め、幸いにして被害を回避することができた。
リスク対策の成否は、貴重な情報であるとか、あるいは特別なアイデアやノウハウなどによって決まるのではなく、むしろ誰でも分っているようなことを面倒に思ったりしないで、きちんとやっているかどうかが鍵になる。
モルジブにおいて、日立関係者がヘリコプター事故に遭った。海中に沈んだ当該ヘリコプターの操縦士は非常口から脱出して助かり、日立関係者等の乗客5人が機内に閉じ込められて水死した。搭乗するときに非常口がどこであるのかを乗員が乗客に伝えることを怠っていなければ、搭乗者全員が助かったのかもしれない。
外務省情報とメディア報道のモニターが基本。外務省情報は、米国国務省やOSAC、英国外務省などの先進諸国の情報と比べても相当に優れている。外務省情報はとても詳細でしっかり更新もされており、メディアの情報は非常に早く精度も高い。このような情報の追跡によって、例えば、98年5月のインドネシア暴動においても迅速に対応ができた。5月12日に軍がデモ隊に向けて実弾を発射して学生6人を死なせた事実が報道され、日立は、この報道を確認して迷うことなく家族等退避勧告を発出した。軍の統率が取れていないこと、そして近い将来に軍が割れる可能性も排除できないと判断したからである。
2002年6月のインドとパキスタンで核戦争が起こる可能性が高まったときも、メディア報道で米国の調停作業を追い、アーミテージ米国務副長官のインド・パキスタン訪問が2度にわたってキャンセルされたことを確認して、非常に早いタイミング、つまり6月3日の夕方に日立関係者に対して家族等退避勧告を発出した。インドのバンガロール、アメーダバード、デリーの3ヵ所に計11人がいて、うち何人かは業務を優先してインド国内に残留したいと主張してきたが、現地に帰国命令書を送って帰国させた。
1)目立たない 2)行動を予知されない 3)用心を怠らない、これらは外務省が指導してきた誘拐対策3原則であるが、危機管理全般についての基本原則でもある。特に用心を怠らない、が重い。つまり危機意識の有無であり、日立グループは総じて十分な水準に達していると感じている。例えば、出張・赴任前の現地の情勢確認、宿舎や移動ルートの選択、住居の安全対策、クレジットカードのセキュリティー、有事の情報収集や退避出国の備えなど、多くの側面で必要な対応水準を見極めて実行に努めている。
リスク対策は、1)危機が現実になる可能性の大小(危機の現実性)、2)危機が現実になったときの被害の大小、3)危機に関る対策の費用、4)費用をかけた対策の効果、これら4つの側面から考える必要がある。この場合、危機が現実になる可能性の大小にとらわれ過ぎてはならない。危機が現実になったときの被害を十分に想定して、合理的なコストで合格点の対策を実行することが大事である。例えば、朝鮮半島情勢はどうだろう。専門家の見方にも温度差があるが、間違いなく大きなリスクである。なぜなら、レジーム・チェンジ(regimechange:体制転覆)かCVID(Complete Verification and Irreversible Dismantlment:完全に検証可能で、かつ後戻りしない核の完全放棄)のどちらかが実現されなければ、朝鮮半島の安定は考え難いからである。北朝鮮が「ソウルは火の海になる」と発言した94年から、毎年1回以上ソウルを訪問し、10余名の現地拠点代表者と協力してハード、ソフト両面で対策の確認作業を続けてきている。平時にやるべきことをやらなければならない。有事になってからでは何もできない。
企業のリスク対策は、満点の対策を実行することは現実的ではない。社内外のステークホルダーが納得する合格点の対策の実行に努めることが基本である。
例えばイラク戦争。これに際して「全面渡航禁止」や「在外勤務者と同伴家族の全員帰国」の対応は、リスク回避の効果は期待できるがナンセンスである。在外勤務者等の当事者からも理解され難い。この場合、湾岸諸国、中東などでも日立は次の4条件があれば安全が確保できると考えてビジネスを継続した。1)イラク国境から700km以上離れている。この700kmは、イラクのミサイルの最長射程距離が650kmであることから判断した。2)日本国在外公館が在って機能している 3)通信・交通などの社会インフラが整っている 4)一般治安が安定している。
例えばSARS流行。2003年5月14日、WHO がカナダをSARSの「流行地域指定」から解除したとき、リスク対策部は、この解除にすぐに反応することなく2週間程様子を見る期間を設けることにした。WHOもSARSについて感染源・感染ルート、検査・診断方法、治療方法が分かっていないことを重くみたのである。ところが、この決定についてカナダ現地法人やカナダ関連事業を担当する部門の反発が強かったため、8日後の22日に出張規制等を解除してしまった。そして、その4日後の26日にWHOがカナダを再度「流行地域指定」にすると宣言したのである。この場合、日立がカナダの出張規制等を解除したことは間違いではない。敢えて繰り返すが、企業のリスク対策は、満点の対策を実行することは現実的ではない。社内外のステークホルダーが納得する合格点の対策を追求してその実行に努めることが基本なのである。
理不尽な不安感を克服するためには、啓蒙活動が重要。セミナー形式で情報提供を行うことが効果的。旅行会社がまず不安感を拭い去る必要がある。また、顧客も感染症の情報に詳しくなってきていることから、情報を隠すことにより、当該旅行会社に対する不信を誘発しかねない。
衛生と健康管理に関するSARS現地対応策リストを作成し、中国と香港の宿泊施設、バス会社、旅行会社等に対し、リストの各項目を実行しないのであれば、取引をしないと説明したところ、中国でもこのリストの項目を実行してくれた。これにより中国の旅行業界の危機管理能力を向上でき、WHOからも評価された。