最近では、リゾート地、ホテル・繁華街、地下鉄等の公共空間などで爆弾テロが発生している。実行犯は一見一般人と変わらない者であり、バック等で携行可能な小型爆弾を使用して自爆テロを行うといった手法がとられている。また、不特定多数が集まる場所がターゲットになっており、日本企業社員の休暇先、出張先も含めて、どこでもテロに巻き込まれる危険性がある。これまでもテロ事件が発生した際、近くに日本人がいたものの、間一髪被害に遭うことは免れたというケースもあり、事件に巻き込まれるか否かは紙一重の差である。
誘拐について、最近、中国では多数誘拐事件が発生しており、富裕層、ビジネスマン等が標的となっている。ビジネスのもつれから監禁・誘拐事件に発展するケースもあり、今後、この種の事件には注意を要する。
注意の向け方、具体的対策次第ではテロを避けることも可能である。安全対策の基本は、Caution(用心、警戒)、Contingency Plan(緊急対応計画)、Care(ケア)といった「3つのC」である。その中でもCautionが最も重要であり、具体的には、情報収集、連絡手段の確保、爆弾テロ対策、誘拐対策三原則(「目立たない」、「行動を予知されない」、「用心を怠らない」)の遵守である。
個人の危機管理として、1.危険な国には行かない、2.危険な場所に近づかない、3.公共空間でも普段から注意する、4.安全対策のしっかりとしたホテルに泊まる、ホテルの入口に留まらない、繁華街特に夜間の外出を避ける等の注意事項に留意する、5.治安当局(観光警察等)による警備状況の確認を行う、などを徹底することでテロの被害に遭う可能性を下げることができる。
組織の危機管理として、1.ソフト・ハードの再点検-隙(脆弱性)を見せない、2.事務所、住居の警備強化・社員全員が不審物に注意、飛散防止フィルムの使用、3.社員の行動の原則(=誘拐対策三原則)などがある。また、「渡航是非」地域の場合、Precaution(警戒)に加えて、Prevention(予防)、Protection(防護措置)の3つのPを実行することが重要である。
事件が起こり得るとの前提に立ってContingency Planを作成し、実際に事件が発生した際に、誰が「危機」と認定するのか、どのように対応するのかについて、トップダウンで迅速に事態に取り組むことができるよう、決定権者の責任の所在をマニュアルで明示することが重要である。また、緊急対策本部を直ちに立ち上げられるような体制を事前に作っておく必要がある。
実際に誘拐事件が発生した場合には、まずは早急に現地の日本大使館・総領事館に連絡して頂きたい。国によっては、現地治安当局の中に誘拐対策専門のユニットがあるので、在外公館を通じて、現地の然るべき者に相談することが肝要である。国によっては身代金の支払いが違法行為になるところもある。日本政府の原則も、日本政府はテロリストに対してノーコンセッション(譲歩しない)である。事件の対応については、被害者側が主体的な判断により意思決定を行う必要があるが、日本政府としても現地政府に対する依頼等最大限の支援を行う。被害者側の対応としては、類似事件の再発を防ぐためにも、プレス対策、内部の関係者に対する情報管理の徹底が重要である。また、被害者をはじめ、被害者家族、現場対応担当者のストレスは甚大なので、「Care(ケア)」の観点から、メンタル・ヘルスについてもマニュアルに入れる必要がある。
東南アジアにおいては、例えば、これまでインドネシア・ジャカルタ市内にて自動車爆弾による爆弾テロ事件が発生していたが、今年バリ島で発生した事件は形態が異なり、人が小型の爆弾を携帯して爆発させたものであり、今後、同様の爆弾テロ事件が増加する可能性も排除できない。また、ジュマ・イスラミーヤは東南アジアにネットワークを張り巡らしていたものの、治安当局の摘発により分断されていた。しかし、今後こうした小グループがネットワークを再構築する危険性もある。
南西アジアにおいても爆弾テロが発生している。最近では、デリー市内3ヵ所で爆弾テロ事件が発生したが、これは、カシミール地震におけるインド・パキスタン両国の協力関係を良しとしないイスラム過激派が行ったとの見方がある。バングラディシュでも約400ヵ所で同時に爆弾が爆発する事件が発生する等イスラム過激派の活動が活性化しているとされる。
中東地域においては、ヨルダンのホテルでの自爆テロ事件はイラク人の犯行であり、ザルカーウィーの組織が犯行声明を出した。これはイラクの影響がイラクの外に拡大していることを意味するものであり、今後、ヨルダンだけではなく、周辺地域においても注意を要する。
イスラム過激派の声明において、日本も標的として言及されているとの認識を持って対応することが必要であり、引き続き、官民間での情報共有を図り、政府はより正確で迅速な情報提供を心掛け、民間においては、自らの安全は自ら守るとの意識の下、適切な安全対策を講じて頂きたい。
国際的なテロの定義というものはない。一般的には、政治的動機・目的を有している違法な団体による違法行為であり、テロは、社会に対し恐怖を与えることを目的としている。1945年以降のテロで、死者100人以上又は負傷者1,000以上の大規模なテロは58件発生し、その内16件が2004年以降(2004年9件、2005年7件)に発生している。この背景には、イスラム原理主義の活動の活発化がある。イスラム社会は出生率が高く、その結果失業率が上がり貧富の格差が広がっている。他方、イスラム原理主義は、各地で学校・病院等を建設するなど、地道な活動を行い地元の支持を得ている。このような社会状況により、イスラム原理主義が広がる土壌が生み出されている。また、冷戦終結による民族・宗教問題の高揚、アフガニスタン内戦によるソ連崩壊の助長、米軍の湾岸諸国への駐留、イスラム社会での反米活動激化等、国際情勢の変化も大きな要因である。
フィリピンにおいては、アブ・サヤフ・グループ(ASG)、共産党新人民軍(NPA)等の組織が身代金目的の誘拐事件を行い、莫大な活動資金を得ている。また、中国でも多数の誘拐事件が発生している。
総選挙3日前に発生したスペインでの鉄道爆発事件、オーストラリア総選挙1ヶ月前に発生した在インドネシア・オーストラリア大付近での爆発事件、イラクでの一連の政治プロセスの際のテロ事件等、政治的効果を狙ったテロが発生している。
世界的に女性による自爆テロが増加している。これまで女性による自爆テロは、チェチェン、スリランカ、イスラエルで発生していたが、最近ではイラクでも起きている。アラブ社会において女性にボディチェックを行うことは難しく、また、アラブ女性が着用するアバーヤ(全身を覆う服装)を男性が着用していても見分けることが困難であるなど、女性による自爆テロは効果的であるとされる。
企業の危機管理として、何か発生したときのマニュアルではなくて、発生しないためのマニュアル作りが必要である。自然災害、テロ、疫病等、どんなリスクがあるのか洗い出し、対応するリスクに優先順位を付ける。全てのリスクを管理することは不可能であり、且つ、合理的ではない。リスクとチャンスは裏腹であり、全てのリスクを管理するとチャンスも失ってしまう。マニュアルを作る際には、始めから100点のものを作成しようとすると1年ぐらい掛かってしまうので、最初は60点のもので十分であり、それを改善していくことが肝心である。マニュアルを作ることによって社員に危機管理の意識を持たせることが重要であり、意識の浸透がマニュアル作りのゴールでもある。
情報管理について、日本企業は、地元に馴染もうとして、代表者が新聞、雑誌等の取材を受けて、顔写真・氏名・家族構成付きで掲載されることがある。これはテロ組織にとって重要な情報であり、欧米企業では顔写真等を公表することはあり得ない。誘拐事件が発生した際、現地警察には直ぐには連絡せず、まずは現地の日本大使館・総領事館又は邦人テロ対策室に連絡する。もし、犯人から電話が掛かってきて、社員が身代金を払いますと答えた場合、1週間で事件は解決するかもしれないが、その企業は今後一生再発の危険性が付きまとうことになる。
危機管理は平時の際の対応が大事である。モルジブで、当社社員が搭乗したヘリコプターが事故に遭い、海中に沈んだ。ヘリコプターのパイロットは非常口から脱出して助かったが、同社員は機内に閉じこめられ水死した。乗客が搭乗した際に、パイロットが一言非常口がどこにあるかを伝えていれば助かったかもしれない。先般、東京の杉並区において生物テロの対策訓練が行われた。生物テロなどは縁遠いことと思うかもしれないが、このように普段から意識を持ってしっかりと対策を講じておくことが大事である。プロ・サッカー選手がTVインタビューで、サッカーは90分間フルに出場したとしても、ボールに触っている時間は2分程度しかない。ボールに触っている時だけ、豪快なシュート、絶妙なパスを狙っても上手くはいかない。ボールに触れていない時間に、いかによく考えて積極的に動くかということが大事である旨述べていたが、危機管理とはまさにそういうものである。
また、危機管理にあたっては、横並びではなく、各社が主体的な判断を行うことが重要である。例えば、1993年の米軍によるイラク空爆の際に、当社の場合は、91年の湾岸戦争から2年しか立っていないため、イラクに反撃する体力はないと判断し、また、外務省、マスコミ、米国・英国の調査会社からの情報等を総合的に分析し、通常通りの業務を継続した。
また、2003年のイラク戦争の際は、イラク、イスラエル、クェートのみ、退避、渡航制限を行った。判断基準として、1.イラクのミサイルの最長射程距離が650㎞であるため、イラク国境から700㎞離れていること、2.日本大使館があり機能していること、3.通信、交通等社会インフラが整備されていること、4.一般治安が安定していること、の4条件を考慮して検討した。
また、1998年のインドネシア暴動の際、治安部隊が発砲し学生が死亡した。通常、軍は一般市民には催涙弾・ガス弾等を使用するが、実弾を使用するというのは異常な事態であった。これは軍の統率が取れておらず、いずれ軍が割れる兆候と考え、当社は他社に先駆け社員・家族を退避させた。危機の際は、社員・家族の命が掛かっているため、他社の動向を見ながらといった、安易な横並び主義で対応してはならない。
2003年SARS発生の際、当初、世界中の関心はイラク戦争に向いていた。この様な状況において、2003年2月11日、北京の駐在員から、中国ではSARS感染者が多数発生している、病院の入院患者が増える一方である旨報告書の提出があった。当社は同報告を重視し、2月13日という非常に早いタイミングで注意喚起を発出することができた。このように、重要な第一報をしっかりと押さえることができれば、初期対応が上手くいく。第一報を早く入手するためには、逆に必要な情報を提供することが重要である。右観点から、当社は、ホームページを通じて、社員に危機管理に関する情報提供を行っており、月平均25万件のアクセスがある。
十分な機動力を発揮するためには、社長などのトップに直結したシンプルな組織体制の下、情報の一元化を図り、必要な情報が必要なタイミングで必要な人に入るようにすることである。情報一元化のためには、報告者が報告を上げて良かったと感じられるようにすることである。あいつに報告して何のためになるんだ、あいつのために仕事をやっているのではないと思われたら情報は上がってこない。
トップに報告したら、トップは、家族はどうしている、どう対応しているのか等色々と聞いてくる。しかし、トップの心構えとしては、第一報を受けた際にはその様な質問をすることは我慢する。取りあえず発生したことが分かれば良い、以後逐次判明したことを報告して欲しい、との姿勢でいれば、担当者は迅速に報告を上げてくる。このように、担当者が躊躇なく報告できる配慮も必要である。
以前、中南米で発生した邦人誘拐事件の際に、会社側から日本大使館への連絡が遅かったために、対応が後手後手に回ってしまったことがある。当社では、有事の際には、社内への連絡と同時に現地日本大使館・総領事館にも早急に連絡するよう、関係者にリピート・リマインドを行っている。