最近のテロ事件で特に注目したいのは、ロンドン地下鉄等爆発事件、バリ島連続爆発事件である。ロンドンの事件の犯人は、テロリストとして事前に把握されているような者ではなく、英国で育った若者が、次第にイスラム過激思想に傾倒したと言われている。現在のイラク情勢を踏まえると、アル・カーイダだけではなく、潜在的なテロリストになり得る若者がこれからも後を絶たないのではないか。また、もう一点特徴的なことは、小型の爆弾が使用されていることである。バリ島の事件でも携行可能の小型爆弾が使用されており、飛行機を奪ってビルに突撃するなどしなくても、一連のテロを引き起こすことができた。この様に、最近では、9.11でアル・カーイダが行った大掛かりなものとは異なった形でのテロ事件が発生している。今後、この種のテロ事件がさらに拡散し、世界中どこでも起こり得る状況にあるということを認識しておく必要がある。
現在、世界は爆弾テロに目が向きがちであるが、今年3月に発生したマラッカ海峡での海賊事件など、日本人が巻き込まれる事件が依然発生しており、誘拐の脅威は低下していない。また、最近では、中南米において、被害者を一時的に拘束し、キャッシュコーナーなどで現金を引き出させ、現金を手に入れたら解放するといった短時間誘拐事件が頻発している。
誘拐には、身代金目的、政治目的などがあり、ケース毎にその対応も異なってくる。イラクでは、金銭取引ではなく、被害者を誘拐・殺害し、政治的要求を行うといった、政治目的の誘拐事件が発生している。
中南米等で発生しているのは、従来型の身代金目的の誘拐である。日本を含め各国政府は身代金など犯人側からの要求には譲歩しないとの立場である。日本政府としては、被害者に対するアドバイス、現地政府に対する協力依頼等最大限の支援を行うが、基本的には企業側が主体となって判断し、事件解決に取り組んでいく必要がある。誘拐事件というのは、いつ、どこで、どのような形で起こるか分からない。したがって、そのような事態が起こり得るという前提で、直ぐにでも、社内で危機管理体制を構築しシミュレーションを行って頂きたい。また、事件解決に支障を来さないため、類似事件の再発を防ぐために、犯人側との交渉内容・経緯等については一切対外的にコメントはしないことが重要である。誘拐事件の対応として、危機管理体制の構築、マスコミへの対応も含めた全体を掌握する者の選任、情報管理の徹底等を行う必要がある。
Caution(用心、警戒)、Contingency Plan(緊急対応計画)、Care(ケア)といった「3つのC」が安全対策の基本であり、その中でもCautionが最も重要である。さらに、Cautionは「3つのP」として、Precaution(用心する)、Prevention(予防策をとる)、Protection(防護策をとる)に分けることができる。特に事前の対策としてPrecautionを徹底させることが重要である。そのためにも、第一に、現地紙、TV、現地の人等から情報収集を行うこと、第二に、自分の行動範囲について、自分で責任をとるとの意識の下、事件に巻き込まれるような所は可能な限り避けること、第三に、連絡手段を確保し、定期的に家族若しくは会社に連絡するなどが重要である。また、「渡航是非」地域に進出している企業は、駐在員の行動範囲を制限するなど、Precautionに加えてPreventionとして予防策を講じる必要がある。さらに、誘拐犯に付け入る隙を与えないために、誘拐対策三原則(「目立たない」、「行動を予知されない」、「用心を怠らない」)の遵守、現地で職員を雇用する際の身元調査の徹底等が大事である。
世界中でテロ組織は、闘争資金、活動資金を得るために、多数の身代金目的の誘拐事件を引き起こしている。例えば、コロンビア革命軍(FARC)は、年間約220億円~250億円の身代金を得て活動資金にしていると言われている。
フィリピンにおいては、アブ・サヤフ・グループ(ASG)、共産党新人民軍(NPA)等の組織が身代金目的の誘拐事件を行い、莫大な活動資金を得ている。また、中国でも多数の誘拐事件が発生している。
誘拐の85%は朝の公道で起きているので、この時間帯を注意すれば、誘拐のリスクを下げることができる。また、日本人駐在員は必ず誘拐組織のターゲット・リストに載っていると考えた方が良い。誘拐組織は、短い場合で1週間、長くて6か月ぐらいかけて、綿密な事前調査を行う。したがって、通勤の経路・時間の変更などを行い、誘拐組織に「これでは誘拐計画が立てられない」と思わせ、リストから外れるような行動を心掛けることが重要である。また、調査というのは自分の家の周りで行われるため、不審な車が家の近くに止まっている、急にアイスクリーム屋が歩き出すなど不審な行動を見つけた場合には、写真を撮る、絵を描く等、「お前はそこにいるのか、俺は見たぞ」というリアクションを相手に分かるように行うことが大事である。
危機管理で一番大事なことは、事前の準備である。その準備としては、(1)セキュリティ担当部門の設立、(2)マニュアルの作成・整備、(3)社員の教育・訓練、(4)会社・自宅の防犯強化、(5)情報の収集と周知、(6)専門家の活用、の6つが重要である。
誘拐事件発生後、現地警察に通報する際には、然るべきタイミングで、信頼のできる人物を通じて行う必要がある。また、「私は事件を見た。お金をください。そうすれば全部話す。」といった連絡なども頻繁にあり、事件発生後は、こういったことにも対応していかなければならない
爆弾テロについては、単純に「10kg」、「100kg」、「1,000kg」と覚えて頂きたい。10kgの爆弾は、女性が妊娠しているような格好をして携帯したり、ナップザック等に入れたりして爆発させる。この程度の爆弾は、直接巻き込まれなければ、負傷することはあっても、大きな被害に遭うことはあまりない。50kg~60kgぐらいになると乗用車に積む必要がある。この規模であればホテルに突入し、入口あたりで障害物等にブロックされたとしても、ホテルの壁などを損傷させることができる。サウジアラビアのコンパウンドで発生した爆弾テロは、トラックに爆弾を数百kg積んで爆発させたものであり、大規模となった。最近は治安当局の対策が強化されてきたため、小型の爆弾を使用するケースが増えている。したがって、セキュリティのしっかりとしたホテルであれば、爆弾テロの被害に遭うのはせいぜいレセプションあたりまでなので、レセプションには長居せず、部屋に直ぐに戻ることが肝要である。
この点の注意事項は外務省の渡航情報にも掲載されており、出張者等の関係者は是非とも関係国の危険情報の精読をお願いしたい。
1970年代、80年代には、中南米、アジアなどで日本企業の社員が誘拐の被害に遭っている。80年代前半ぐらいまでは、現地社長、支店長クラスが誘拐のターゲットとなっていた。しかし、85年のプラザ合意以降、多くの日本企業が海外に進出するようになり、それに伴い、若い社員も含めて誰と関係なく誘拐の被害に遭うようになった。
当社の安全対策室は、通常、専任2人体制で行っている。また、それ以外にも、広報、法務、人事総務、秘書、経営企画等の社員が兼務しており、常に海外の様々な危険情報等を共有化するなど日頃から意思疎通を図り、大きな事件が発生した際には、直ぐに協力して取り組むことができるような体制になっている。兼務者とは顔も知らない、声も聞いたことがないということでは、いざというときに組織として機能しないので、常日頃より情報交換を行っておくことが肝要である。また、社員に対する赴任前研修の実施、海外に行った際に日本大使館・総領事館の領事から現地治安情勢等を聞いた上で、現地駐在員に対する治安情勢のブリーフ等を行っている。