海外に旅行等で渡航される方や、海外で企業活動などに従事される方は、海外において様々な局面で危険に遭遇される可能性があることから、外務省は、皆様が海外で安全に活動され、無事に帰国されることに強い関心を有している。そこで本日の講演では、海外において皆様の安全を確保するため、当省がどのような業務を遂行しているのかにつき理解を深めて頂く機会となれば幸いである。また、本日の講演が、皆様が海外に渡航され活動される際に、安全面につき今一度考え、積極的に情報収集することにより想定される危険を回避する手だてを講じる手がかりとなれば幸いである。
当省では、席上配布した参考資料1.及び2.にもあるとおり、平成19年度の我が国の重点外交政策の4つの柱の1つに「国民の安全の確保と繁栄の促進」を据え、津波、地震といった天然災害を含む緊急事態への対策強化や在外選挙といった多様なニーズに即したきめの細かい、迅速な領事サービス業務の実施等に努めてきている。特に、領事サービス業務は、皆様が海外で安全に活動される上で非常に重要な任務と考えており、重点政策に盛り込んでいる。
そこで本日の講演では、「国民の安全の確保と繁栄の促進」に向けた当省の取組みの中から、( i )海外に渡航する日本人の安全確保のための外務省の取組み、( ii )日本人が海外で実際にテロや誘拐に巻き込まれた際の外務省の対応、( iii )テロ及び誘拐に関する基本的な情報提供、といった諸点を中心に話を進めたい。
まず、当省が海外に渡航する日本人の安全確保のためにどのような取組みを行っているのかにつきご紹介したい。取組みの第1の柱は情報提供であり、その中心となっているのが「外務省海外安全ホームページ(参考資料3.)」である。同ホームページでは、席上配布した参考資料3.~7.にもあるとおり、海外に渡航・滞在するにあたり特に注意が必要と考えられる国・地域に発出される「渡航情報(危険情報)(参考資料4.)」や特定の国や地域において日本人の安全に関わる重要な事案が発生した際に速報的に発出される「スポット情報(参考資料5.)」、防犯やトラブル回避の観点から知っておきたい国毎の基礎的な情報を取りまとめた「安全対策基礎データ(参考資料6.)」を始めとする各種情報提供の他、海外赴任者が安全確保のために留意すべき対策を取りまとめた「海外赴任者のための安全対策小読本」、爆弾テロ事件への備えを取りまとめた「海外へ進出する日本人・企業のための爆弾テロ対策Q&A」等の様々な小冊子を公開している。海外で邦人が遭遇した様々なトラブルを紹介した「海外邦人事件簿(参考資料7.)」も同ホームページで紹介している。特に、渡航情報(危険情報)については、在外公館からもたらされる治安情勢報告に基づき、危険度を4つのランクに分けて情報提供しているので、海外に渡航される際の参考として是非確認願いたい。
なお、上で述べた当省作成の各種小冊子は、ダウンロード可能であるので、海外に渡航・滞在する前に、渡航先の国・地域に関する情報の収集とともに、活用願いたい。
その小冊子の中でも、「海外赴任者のための安全対策小読本」は作成年月こそ平成16年8月と多少時間が経過しているものの、その冒頭部分の「海外生活における安全対策の基本的心構え」は海外で安全を確保する上でのエッセンスが記載されているのでご紹介したい。まず、「自分と家族の安全は家族全員で守る」との心構えが重要である。次に、能動的に情報収集に努め、事件の発生を未然に防ぐことが全ての基本である。予防こそが危機管理の鉄則である。事件発生のコストに比して予防のコストは僅かであり、予防のコストを惜しまれないようお願いしたい。第3は、「悲観的に準備し、楽観的に行動する」ことである。常日頃からシナリオとしてどれが最善かということを意識的に考え、様々な危険に対して備えておくことが重要である。第4は、「目立たない」、「行動を予知されない」、「用心を怠らない」の「安全の為の三原則の遵守」である。赴任された国によって危険度に差異はあろうが、海外で身の安全を確保する上で重要な要素である。第5は、「住宅面の安全確保」である。とりわけ、ご家族と一緒に海外に赴任された場合、現地で安心して活動するためにはご家族の安全確保は大きい。安心できる住宅の確保は重要である。第6は、「現地社会に溶け込む」ことである。中でも、現地の人と良好な人間関係を構築しておくことが重要である。自分自身のインドネシアでの経験を申し上げると、同国では現地の人を雇用し、他人が常に家の中にいる生活である。現地の宗教、文化、習慣について最低限学習し、これらに敬意を払うことが重要である。第7は、「精神衛生と健康管理に留意」することである。日本とは違う社会で生きていくわけで、特に、精神面での健康維持の重要性を指摘したい。これらの事項以外には、安全訓練を定期的に実施し、万が一の場合にどのような方策を講じるかを考える機会を設けて頂くことや、連絡手段の確保にも留意願いたい。追加的な情報の入手を希望される場合には、外務省領事局の各担当課に直接ご照会頂きたい。
取組の第2の柱は現地の大使館及び総領事館が提供するサービスである。この関連でお願いしたいことは、3ヶ月以上海外に滞在する人は、現地在外公館への在留届の提出を励行して頂きたいということである。そもそも在留届の提出は法律上の義務(旅行法第16条)であるが、義務であるという以上に、現地の大使館、又は総領事館が危機に際して在留邦人に連絡を取り安否確認を行ったり、治安関連情報を提供する上で必要な電子メールなどの連絡先をご登録いただくことにより、皆様にとり大変メリットのある話である。席上配布した参考資料8.及び9.は、現地の大使館及び総領事館が在留邦人の方々に提供している治安関連情報の例である。在留届は、郵送、FAXの他、インターネットでも届け出が可能であるので、自分の身を守るためにも在留届の提出を是非励行願いたい。
また、大使館や総領事館は現地で何をしているのかを知る手掛かりとして、席上配布した「領事の手記」を時間があるときにご一読願いたい。表題を一通りお読み頂ければお分かりのとおり、現地大使館及び総領事館の領事担当官は、皆様が想像される以上に現地在留邦人の方々が抱える様々な悩みの相談に乗っている。冒頭で申し上げたとおり、領事サービス業務は、海外に渡航・滞在される皆様の安全を確保する上で外務省に課された重要な任務であると認識しているので、大使館及び総領事館の領事担当官を身近な相談相手と捉え、決して一人で問題を抱え込んで悩まずに気軽に領事担当官に相談されることをおすすめする。
取組みの第3の柱は、テロや誘拐などが発生した際に外務省が関係者の方々に提供する様々な支援である。具体的には、テロの場合、現地政府・当局との連絡・調整や、可能な範囲で治安関連情報や邦人安否情報の提供などを行っている。被害者の中に日本人がいる場合には、現地政府等を通じて被害状況の確認を行うとともに、被害者の安全確保を要請したり、必要に応じて病院や弁護士に関する情報の提供や、ご家族への連絡や支援のほか、場合に応じてマスコミ対応の相談にも応じている。また、誘拐の場合にも、現地政府・当局との連絡・調整や、マスコミ対応、被害者の支援などを行っているが、席上配布したパンフレット「海外で困ったら 大使館・総領事館のできること」にもあるとおり、国の主権等の問題に付随して、現地の大使館や総領事館(在外公館)にもできることとできないことがある。テロや誘拐が発生しても、その国で実際に警察力を持ち、公権力の行使により物事を解決できるのはその国の政府しかない。また、事件への対応能力には残念ながら国により自ずと差があり、また、我々の努力ではいかんともしがたい事態も生じ得ることも併せてご理解願いたい。いずれにせよ、様々な制約の中で、外務省は117の大使館及び65の総領事館(数字は共に平成19年1月現在)を通じ、被害等に遭われた邦人に対する支援を的確に行えるよう、24時間対応体制及び現地の政府機関・外交団並びに日本人社会との協力ネットワークの構築を図るなど、でき得る限りの対策を講じているので、引き続き皆様のご理解と協力を得たい。
それでは次に、テロ及び誘拐について簡単に触れたい。
先ず、テロについては、本年に入って、6月にはアフガニスタンのカブールで、9月にはモルディブで、それぞれ2人の邦人が爆弾テロに巻き込まれ負傷している。そのほか、日本人の被害はなかったが、タイのバンコク、インドのハイデラバードなど本邦企業の多い地域でも爆弾テロが起きている。さらに、本年6月にはロンドンで爆弾テロの未遂事件があり、9月にはドイツとデンマークでテロの計画容疑で逮捕者が出ている。特に、2001年の米国における同時多発テロ事件以降、世界各国でテロ対策が強化されているにもかかわらず、イスラム過激派は世界各地でテロを敢行しており、国を問わずイスラム過激派による国際テロの脅威は依然高い状況にある。例えばアル・カーイダは、米英及び同盟国に対する非難を続けており、全世界のイスラム教徒に対しジハード(聖戦)を煽るメッセージを発信し続けている。そして、世界各地でこのような呼び掛けに影響を受けた組織がテロや誘拐を計画・実行する傾向がある。
皆様もご記憶のことと思うが、10月にパキスタンのカラチにおいて、ブット元首相を狙ったとみられる自爆テロが発生し多くの死傷者が出た事件を始め、テロは世界中のいかなる国や地域においても起きる可能性がある。各国の警備当局がテロ対策を強化すれば、それに対してテロの手口が巧妙化する状況があることから、これらに巻き込まれる危険性につき普段から十分注意願いたい。
誘拐については、日本人、又は日本企業であればそれなりの対応をするであろうとのイメージがあり、十分な注意が必要である。報道等でご存じと思うが、本年においても、パラグアイにおける邦人等の誘拐事件やイランにおける邦人の誘拐事件のように、日本人や日本企業が誘拐被害に遭う事件が発生している。一般的に、誘拐は事件発生から解決までに大変な時間、コスト及び労力がかかる。また、たとえ被害を被る側であっても、企業の場合、対応を誤れば自社のイメージ低下に繋がる可能性も排除されない。その意味で、情報収集に努め、そもそも誘拐被害に遭わないよう対策を講じることが重要である。それでも、万が一被害に遭った場合には、ダメージをどう抑えるかが重要なポイントとなってくる。
近年身代金目的の誘拐事件の発生件数が著しく増加し、世界中、地域を問わず駐在員、出張者、旅行者にとって脅威となっている。
私どもクレイトン・コンサルタンツは、今まで700件以上の身代金誘拐事件を扱ってきた。昨年は、駐在員の絡む主な誘拐事件だけで26件扱った。メキシコ、イラク、ナイジェリア、ベネズエラ、ハイチ、ブラジル、ペルー、インド、ホンジュラスなどで起きた事件である。
今まで扱った事件を分析した結果次のようなことが判ってきた。
身代金誘拐事件が、実際に、世界でどのくらい起きているかその数字を知ることは難しい。つい最近までは、世界で起きる身代金誘拐事件は、年に3万件ぐらいだろうと言われていた。3万件のうち1万5千件位が警察などに通報されるが、残りの1万5千件は、自分たちの中だけで処理されていると推定されていた。また、世界で発生する誘拐事件の約半数は中南米で起きていると言われていた。多発国としては、メキシコ、コロンビア、ブラジルがトップスリーにあり、その後には、ナイジェリア、イラク、アフガニスタンなどの極度に危険な国が続き、更にフィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、ロシア、イエメンなどの名前が連なっていた。
中南米では長年最多発国であったコロンビアに代わり、メキシコがトップになった。メキシコでは、年間3,000件ぐらいの事件が起きている。1年間の身代金の総額は、約1億ドルの上るという。誘拐のプロによる事件が多かったが、最近、経験のない犯罪グループが誘拐事件に参入してきた。彼らは、被害者の取り扱いにも不慣れで、凶行に及ぶことがあるので注意を要する。サバティスタ民族解放軍(EZLN)、人民革命軍(EPR)、反乱人民革命軍(EPRI)などのゲリラ組織が誘拐事件を敢行している。コロンビアで野誘拐事件は、かなり減少したと言われるが、それでも世界第2位の多発国である。
ブラジルは誘拐の多発国であるが、Express Kidnap 短期誘拐を含めて、殺人、強盗、暴行、窃盗などの犯罪が多発国でもある。
その他の中南米諸国では、小国といえどもかなりの誘拐事件が起きている。
ヨーロッパではロシアとグルジアが注意を要する。アフリカは特にナイジェリアである。
中東では、イラク、イエメン、イスラエルが注意を要する国である。
最後は、アジアである。
最近になって、世界全体で起きる身代金誘拐事件の総件数や、多発する国について大幅に変更する必要があると言われはじめた。その原因は、アジアでの身代金誘拐事件の多発に起因する。
そのアジアで第一に名前が挙がるのは、フィリピンである。在フィリピン日本大使館も、そのホームページで、『誘拐の対象は主にフィリピン人で(あるが)、日本人の方につきましても、年間数件(未遂を含む)発生していますので、注意が必要です。』と、注意を促している。フィリピンで起きる身代金誘拐事件は、毎年3千件位と言われている。日本の公安調査庁の2006年版の”国際テロリズム要覧”では、「アブサヤグループ(ASG)は、誘拐で得た巨額の身代金の分配をめぐり複数のグループに分裂した・・・」と記述している。
次は中国である。2005年春の中国公安省の発表によると、2004年中に起きた身代金誘拐事件は3,863件であった。この数字は、かのメキシコやコロンビアあるいはフィリピンの発生件数に匹敵あるいはそれを凌ぐほど大きな数字である。
この中国で、最近、日本人も含め、韓国人、台湾人などが誘拐されている。私どもクレイトンも最近中国で身代金誘拐事件を扱った。救出した被害者は、マレーシアからの駐在員であった。
特筆すべきはインドである。インドでは年に4,600件近くの身代金誘拐事件が起きているといわれ始めた。インドはすでに世界一の誘拐多発国である。インドの特徴は、1件あたりの身代金が低いことにある。インドはテロの発生件数においても世界一でありその件数は増加傾向にあることから、テロについても厳重な注意が求められる。
いずれにしても、アジアではフィリピン、中国、インドの3国だけで約1万件以上の身代金誘拐事件が起きていることになる。これらの国にインドネシアなどを加えると、アジアにおける身代金誘拐事件の発生件数は、中南米に匹敵するか、あるいは超えているのではないかと思われる。
少なくとも、アジアは、中南米と並ぶ、身代金誘拐事件の多発地域になっている。最近、日本の年配者の間で、定年退職後は東南アジアなどの海外に移住して老後を過ごそうというのがトレンドになっている。フィリピン、タイ、マレーシアに移り住む人も多いと聞くが、それらの人が誘拐される危険性はないのか心配になる。老後の移住先を考えるときは是非、現地の治安・犯罪情勢も考慮に入れていただきたい。
さて、今までの身代金誘拐事件では、外国人が誘拐されるケースは非常に少なかった。1、2の例外的な国はあるものの、身代金誘拐事件は、その国の犯罪者あるいは反政府グループなどが、その国の金持ちを対象に誘拐するのが通例であった。外国人が誘拐されるケースは全体の5%位と言われている。しかし、誘拐の被害者となる人にも変化が起きてきた。今や誘拐犯グループは、同国人の富裕層や経営者ばかりではなく、外国からのビジネスマン、プロジェクト従事者、人道支援活動家、旅行者までも誘拐のターゲットにしはじめた。
この点で、私どもが特に心配するのは、アジアを中心に活動する、イスラム過激派グループの動向である。アルカイダと深いつながりを持つといわれるジェマー・イスラミア(JI)がよい例である。JIはかなり弱体化したといわれるが、2005年12月インドネシア政府は「アルカイダ関連イスラム過激派組織JIが外国人と政府高官を標的とした誘拐を計画している」との警告を発している。
2004年の公安調査庁の”国際テロリズム要覧”によると、コロンビアのコロンビア革命武装勢力(FARC)は、年間220億円にも相当する身代金を得ていたという。誘拐事件では、比較的簡単に、多額の金を獲得できるから、莫大な闘争資金を必要とする反政府グループにとっては、大変魅力的な資金獲得作戦である。コロンビアでFARCがとった作戦を、JIなどの反政府武装グループ、イスラム過激派が踏襲する可能性は高い。
つまり、アジアでも身代金誘拐事件がさらに増える危険性が高くなっているのだ。
そして、このアジアを中心に、世界各国には、大勢の日本人駐在員がいる。皆さんの会社の代表である。これらの同僚を、どのような対策で誘拐のリスクから守るか。今後の課題である。
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シミュレーション・トレーニング
誘拐事件はどのようにして起き、どのような対応が求められるかを知るために、フィリピンのマニラ市内に住む、日系企業のYP社の社長鈴木太郎氏が誘拐されたことを想定したシナリオに沿って、短時間のシミュレーション・トレーニングを実施し、セミナー参加者に模一緒に考えてもらった。
場面設定:フィリピンのマニラ市、水曜日の朝。鈴木太郎氏宅
鈴木社長一家は、この日も普段と変わらぬ朝を迎えていた。鈴木氏は、いつものとおり、14歳と11歳の子どもを日本人学校へ送り出した後、日本語のテレビ番組を見終え、迎えに来た運転手付きの車で家を出た。
社長と運転手が車で会社に向かう途中、後続車に追突された。車の破損状況を確認するため車外に出たところ、後ろの車から3人の男が降りてきた。男らは鈴木社長と運転手に銃を突きつけ、彼らの車で連れ込んだ。
車はしばらく走った後、街はずれで、「夫人にメッセージを伝えろ」と言われた運転手のみが解放された。犯人から奥さんへの伝言は、「社長は預かった。警察やマスコミに連絡するな。さもないと社長の命はない。あとで電話するから奥さんは家に居ろ。」というものであった。
奥さんは、副社長に通報した。
副社長は、日本の本社に緊急連絡すると共に、事実把握に努め、また社長宅に日本人社員とガードマンを派遣した。また、社内に現地対策本部を設置して対応策を検討始めた。
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実際の誘拐事件は、延々と続く。しかしその中のたったこれだけの場面ででもやらなければならないことが山積している。
危機の発生した時に、これらのことを短時間にこなすには、普段の準備が重要であることがお分かりいただけたと思う。
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それでは普段、どのような対策をしておくことが必要かを検討したい。これから申し上げる対策は、誘拐事件の防止には必要欠くべからざる対策ではあるが、同時に、会社のセキュリティ、危機管理体制全般を向上させるための対策である。すでに実施されている会社は、さらに充実を図ると共に、まだ着手していない会社は、是非、早急に導入を検討されたい。
第一は、会社の中に、安全・セキュリティを担当する部署を設け、専任者を配置すること。
この専任部門・専任者が中心となって、本社を始め、海外の支社、事業所、工場全体のセキュリティ対策、危機管理対策を推進するのである。担当者の任務は
である。
一部門を立ち上げるのは金がかかりすぎるという経営者もいるが、社員の安全を守るのに金がかかるのは当然で、それは会社経営者の責任であることを再認識して欲しい。金を惜しんで安全対策を等閑にしていると、その何倍もの損害賠償金や慰謝料を払い、更に会社の評判を失墜することとなる。
最近特に、CSRや会社の安全配慮義務が声高に叫ばれている。(会社の安全配慮義務)
二つ目は、”セキュリティ・危機管理の基本方針”と、”マニュアル”を制定すること。
基本方針や、マニュアルを作成する理由は、会社の基本方針を明確にし、社内の各部門の責任と社員の役割を明確にしておくことである。
基本方針で明確にしておくべきことは、
マニュアルでは犯罪や危機を防止し、対応するため次の事項を定めておくことが必要である、
大事なことは、基本方針もマニュアルも、会社の経営会議の承認を得ておくことである。経営会議の承認があれば、セキュリティ・危機管理対策のための予算立てや研修・訓練を実施進する上で、大きな後ろ盾となる。
次は、役員・社員・家族の研修・訓練である。
危機管理の中で一番大事なことは、役員・社員のセキュリティ・危機管理意識を高めることである。また、犯罪防止の訓練を受けた人は犯罪にあいにくい。研修で警戒心が高まり、常に身の回りに注意するようになるからである。
研修や訓練は、何回も反復行うことが必要であり、また、役員、社員、赴任者、その家族など対象や目的に沿った研修が必要である。最初は成果が出なくても、2~3回繰り返せば、慣れてくる。錬度が上がったら、予告なしの訓練などに挑戦するのも良い。
全員を参加させることも大事である。社長も会長も自ら訓練に参加することだ。役員会議の最中であっても会議を中断して全役員が訓練に参加する。たまたま来訪したお客様にも避難訓練に参加してもらっている企業さえある。
実態に即した状況下で訓練を行っていれば、いざというときの動作が身につくし、いろいろな問題点も見えてくる。
四番目は、建物や住宅の安全対策である。
住宅の安全は、社員の安全を守る最後のよりどころである。会社の事務所、工場あるいは駐在員住宅の選定に当たっては、地震などの自然災害も踏まえ、近隣の犯罪情勢、建物の防犯犯罪対策を考慮して選ぶことが肝要である。
便利さ、快適さや見栄えだけでなく出入口、警備員、出入り管理、CCTV・防犯カメラ・非常ベルの設置状況、さらに会社への通勤経路、日本人学校への通学の安全性も検討する必要がある。
このような事務所や住宅を選定するためには金がかかる。しかしこれは必要経費である。
会社に課せられた責務である。
上記の4点に加え、「情報の収集と分析、社員への周知」を図り、情勢を把握し、先手、先手で対策を講じてゆけば、大概の危機は避けられる。また、外部の専門家をうまく活用することも、危機管理や事件対応には欠かせない。誘拐事件などは、起きたらその対応は長期にわたり、警察などの犯罪捜査の経験や知識を有するものでなければ対応が難しい。しかし、誘拐事件などはめったに起こるものではない。従って、会社では、歩かないかの事件のために、社内に専門家を抱えることはできない。そのためには、外部のコンサルタントをうまく活用することである。
いずれにしても、危機をうまく乗り越えられるかどうかは普段の準備にかかっている。ここで申し上げた安全対策は今のうちに実行していただきたい。 『居安思危』と言う。御社が平穏な今が、危機管理対策を進めるチャンスである。