広東省の在留邦人 SARSの感染を防ぐために
- はじめに
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SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome, 重症急性呼吸器症候群、非典型肺炎)は最近、アジア、アメリカ、ヨーロッパなどで患者が増加しつつある新しい型の肺炎です。重症の肺炎を主な症状としますが、診断法や治療法が確立しておらず、全世界における保健衛生上の極めて大きな問題となっています。
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広東省には2002年10月1日現在、4,260名在留邦人がいます。広東省はSARSの頻度が特に高い地域で、在留邦人の方々にとって感染を防ぎ、自らの安全を守ることは重要な課題です。効果的な予防を講じるためには、本疾患に関する正しい知識をもつことが基盤であります。在留邦人のSARS予防に役立てるために、本疾患に関する基本事項、注意事項、予防法などをまとめました。
- SARS流行の経緯
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2002年11月、広東省仏山で発生したのが最初の例であり(世界で最初の例と考えられています)、その後、2003年1月下旬から2月中旬にかけて広州市内を中心に流行が拡大しました。2月中旬までに広東省で300人以上の重症肺炎が発生し、5名が死亡したと報告されています。
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3月12日頃には香港とハノイ(ベトナム)の病院で重症肺炎が集団発生し、全世界に報道されました。この頃より世界保健機関(WHO)をはじめ全世界が事態の重大さを認識し、対策に真剣に取り組み始めました。流行は急速に拡大し、2003年4月16日現在24カ国 で3293名が発症し、159名死亡しています。全世界における患者数の43%に相当する例が広東省で、39%が香港で発症しています。
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3月27日、WHOは海外旅行に関する勧告を出し、すべての海外旅行者はSARSの病状に注意を払い、症状出現の際には直ちに医療機関を受診するよう勧めています。さらに、香港、広東省への不要不急の旅行を延期するよう勧告が出ています(4月2日)
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4月2日,広東省政府はSARSが同省において消退傾向にあることを強調する声明を発表しています。4月10日には広東省における4月1-10日のSARS発生状況が報告されました。それによると、この期間に新たに86件発生しました(4例死亡)。この数字は前月同期に比べ約40%の減少を示しています。広州市での発生は54例で、これは前月同期比約62%減です。しかし、広州市以外の地域における発生も32例報告されております。内訳は、江門市13例、深セン市10例、恵州市、汕尾市各2例、河源市、仏山市、肇慶市、汕頭市、堪江市各1例です。4月10現在、広東省における累積患者数は1246、累積死亡数は48となりました。外国人3名(アメリカ人2、カナダ人1)の感染例も報告されています。
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広東省政府はSARS対策のガイドラインを作成いたしました。病院における感染防止が主な内容ですが、学校や公共の場における予防に関する記載もあります。邦人の感染防止に役立つと思われる部分を和訳いたしました(添付資料参照)。4月10日、SARSは法定伝染病に指定されました。
- SARSの症状
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通常2-7日の潜伏期ののち、38℃以上の急な発熱や痰を伴わない咳で発症します。呼吸困難が出現し、肺炎症状が顕著となります。症状が重くなると低酸素状態や呼吸困難に陥ります。重症例では人工呼吸が必要となります。初期には通常の感冒やインフルエンザと症状が似ており診断が難しい例も少なくありません。
重症に至らず治癒する例も多数あります。
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- SARSの特徴
- 重症化し人工呼吸が必要な例は約10-20%、死亡率は3-4%です。院内感染例や家族内感染が多いのが特色で、病院における医療感染者の集団発生例がいくつか報告されています。
- 患者の年齢は青壮年に多く(25-70歳)、小児例は少ないことが知られています。高齢者や糖尿病などの基礎疾患を有する者に重症化する率が高い傾向があります。抗生物質は無効です。
- SARSの検査所見
- 胸部X線で両側の肺に斑状~線状陰影、浸潤陰影が認められます。これらは肺炎を示しています。血液検査で、リンパ球や血小板数が軽度低下し,動脈血の酸素分圧の低下が認められます。CRP値(炎症を示唆する)が上昇します。
- SARSの感染経路
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主な感染経路は飛沫によるものです。患者の咳や吐息とともに吐き出される病原体を含む飛沫により直接感染します。患者の直ぐそばにいる者(2メートル以内)が最も危険です。患者に対し至近距離で接する医師や看護師、付き添い人、家族などが最も多く感染しています。ネブライザー(噴霧器)やトイレの水しぶきから病原体を含むエアゾールが発生し、これにより感染することもあります。 接触感染もあると考えられており,この場合手指を介して気道や粘膜から感染します。空気感染や糞口感染の可能性もありますが実証されておりません。

- SARSの病原体
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新種のコロナウイルスが病原体であることが確認されました(SARSウイルス)。コロナウイルスは人間に風邪を起こすウイルスですが、新種コロナウイルスは本来動物のウイルス(ブタ、トリ)であったものが変異して人間に感染するようになり、同時に強い毒性を有するようになったと考えられています。新種コロナウイルスとパラミクソウイルスまたはクラミジアとの二重感染の可能性もあります。
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- SARSに対する予防
- 感染経路をよく理解し、以下に示す予防策を講じることが大切です。
- 1)手洗い
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感染予防の基本であり有効性の高い方法です。速乾性の消毒薬による手指の消毒や石鹸(液状が望ましい)と流水による洗浄を行います。
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- 2) マスク着用
- N-95マスクが最も防御効果に優れますが、外科用マスクでも飛沫感染の防止に極めて有効です。市販のガーゼマスクも防御効果を有します。人ごみに入るとき、多くの人と接するとき、病院内に入るときなどは是非着用を心がけてください。患者の傍に寄るときにはマスクのほか、ガウン、手袋、ゴーグル、などの着用も必要です。
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- 3) 人ごみを避ける
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主な感染経路は飛沫であり、人ごみは感染の可能性があることを認識してください。
- 4) うがい励行
- 呼吸器感染予防の基本としてうがいの励行があります。
- 5) 手で目、鼻などを拭わない
- 手指に付着した病原ウイルスが粘膜を介して体内に進入する可能性があります。
- 6) 咳、発熱等の症状がある人に近寄らない。
- これらの症状を有する人はSARSに感染している可能性があると考え、近寄らない方が無難です。
- 7) 正しい情報を把握する
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SARSに関する正確な情報や知識を得て、適切な予防を講じる必要があります。いたずらに不安を増大させることはよくありません。
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8) 換気をよくし、空気をきれいにする
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病原体を含む飛沫を室内に充満させないよう換気を行うことは大切です。
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ワクチンの実用化は当面期待できません。実用化されるまでには、ウイルス弱毒株の作成、有効性試験、安全性試験などのステップが必要であり、5年以上要すると思われます。
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WHOによるSARS症例の定義
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SARSに対する確定診断の方法は確立していません。診断は臨床所見を根拠に行われます。SARSが考えられる症例は以下の2つに分類されます。可能性が極めて強い例(Probable case)についてはSARS患者とみなされます。
広東省在住者はすでに流行地に居るわけで、感冒症状程度でもかなりの者が疑い例(Suspect case)に該当することになります。
- 疑い例(Suspect case)
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38℃以上の発熱
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咳、呼吸困難等の症状
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10日以内にSARS患者との接触または流行地への旅行歴がある
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可能性例 (Probable case)
上記 Suspect caseに加えて以下の所見を有する
- 胸部X線で肺炎または呼吸困窮症候群の所見を有する
または
- 原因不明の呼吸器疾患で死亡し、剖検で原因不明の呼吸困窮症候群の所見を呈する
※ただし、これらの症例のうち、以下のものを除きます。
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他の診断によって説明できるもの
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標準の抗生剤治療で改善する等3日以内に病状の改善を医師が認められるもの
- SARSの診断法
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新種コロナウイルスに対する血清の抗体検査、PCR法によるウイルス核酸検査などが開発中です。すでに実施している医療機関もありますが、広東省の医療機関では実施していません。
- SARSの治療法
- 対症療法が主ですが、呼吸困難時には酸素吸入や人工呼吸器を用いた人工呼吸が行われます。肺の炎症には免疫学的反応が関与していると考えられ、ステロイド剤投与が有効であったとの報告があります。抗ウイルス剤であるリバビリン投与の有効性を示唆する所見もあります。
- 疑わしい症状が現れた際の対応
- 38℃以上の急な発熱、咳、呼吸困難など呼吸器症状が出現した際には早めに医療機関を受診してください。同時に総領事館にも連絡してください。

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まず、"SOS"や"Wellbe"などの医療サービス機関を利用することを勧めます。SOSには医師が数人おり、診察・一般的検査のほか必要に応じ適当な病院を紹介する業務を行っています。Wellbeは医療に関するコンサルタント業務を行っており、医療機関受診の手助けをしてくれます。
病院受診が必要な際には上記の施設より紹介がありますが、広州市の省人民医院や広州医学院第一附属院、深セン市の北京大学深セン医院は院内感染対策、治療内容、設備、管理体制が比較的良好であり、SARS診療に関し信頼の置ける医療機関と考えられます。

- SARSの疑いがもたれる際には状況に応じ以下の措置が必要です:
- SARSは法定伝染病です。以下の措置は原則として広東省衛生庁及び広東省疾病予防中心の指示に従うことになりますが、医師や総領事館が指示を出すこともあります。疑いがもたれる場合には必ず総領事館に通報してください。
- 1)自宅等への待機
- 感染の可能性がある者やSARS感染者と近い接触をした者は通常潜伏期の上限に相当する1~2週間は自宅などに待機(または隔離)させ、状態を観察します。発熱、咳など疑わしい症状が現れた際には直ちに病院に行き診察と治療を受けなければなりません。
- 2)隔離
- SARS患者、極めて可能性が高い例は病院に隔離するのが原則です。
- 3)部屋や物品の消毒
- 漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム、キッチンハイターなど)が有効です。
コロナウイルスはアルコールに弱いので普通の消毒薬でもかなり効果があると考えられます。
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おわりに
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SARSは最近あらたに出現し急速に蔓延した新興感染症であり、対策が急がれています。主要な感染経路は飛沫感染であり、この疾患が現れた当初は院内感染例が多発しました。しかしベトナムのバックマイ病院など、院内感染対策をきちんと実施することにより感染が防止された例も示されており、院内感染対策が極めて重要な感染症といえます。
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個人レベルでは本稿に掲げた予防法が有効であると考えられ、これにより感染の確率を大きく減少させることが期待できます。疑わしい症状が出現したときには早期に医療機関を受診するとともに総領事館に通報し適切な指示のもとに行動することを心がけてください。
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