イラク
テロ・誘拐情勢
更新日 2025年01月30日
1 概況
(1)イスラム過激派組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」は、2014年6月末に「カリフ国家」を宣言して以降、イラク北部及び西部を中心に勢力を拡大させていましたが、米国主導の有志連合の支援を得たイラク治安部隊(ISF)等による掃討作戦の結果、ISILのイラク国内における支配地域は急速に縮小し、2017年12月にはアバーディー首相(当時)がISILからのイラク全土解放を宣言しました。しかしながら、依然として、イラク北部及び西部を中心にISIL分子の残党によるテロ活動や誘拐事案が確認されています。
(2)昨今の中東情勢の緊張の高まりを受け、イランとの関係が深いとされるイラク民兵組織によるイラク国内の米国等の関連権益(有志連合が駐留する基地や米国大使館等)に対するロケット弾や無人機を使った攻撃が発生しています。
(3)クルディスタン地域では、特に北部の山岳地帯において、「クルディスタン労働党(PKK)」や「クルド自由生活党(PJAK)」に対するトルコ、イランによる空爆等が行われています。
2 各組織の活動状況または各地域の治安情勢
(1)「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」
2014年6月以降、ISILは、ニナワ県モースル、サラーハッディーン県ティクリート及びアンバール県ファッルージャ等を占拠するなど、イラク北部及び西部を中心に勢力を拡大させました。これに対して、イラク軍等は米国主導の有志連合による空爆支援を受けながらISILの拠点に対する攻撃を行い、2017年12月初旬にはイラク西部の砂漠・国境地帯で抵抗を続けるISIL残党を駆逐して、これら地域の大半を掌握したことから、同年12月9日にアバーディー首相(当時)がイラク全土解放と最終勝利を宣言しました。
このようにISILはイラク国内の支配地域を失いましたが、イラクにおけるISILの活動は継続し、現在も、特にイラク北部及び西部の各県(ニナワ県、サラーハッディーン県、キルクーク県、ディヤーラ県及びアンバール県)において、ISILの掃討作戦に当たるイラク治安部隊等への攻撃や一般市民を狙ったテロ・誘拐が頻発しています。2024年7月には、サラーハッディーン県の住民がISIL残党の潜伏地域に意図せず入り、殺害される事案が発生したほか、同年11月にはサラーハッディーン県、ディヤーラ県及びキルクーク県にまたがる道路上に仕掛けられた爆発物により車両が爆破され、治安部隊に少なくとも6人の死傷者が出る事案も発生しています。また、2024年末から2025年初頭にかけて実施された米国主導の連合軍及びイラク治安部隊によるハムリン山脈(サラーハッディーン県とキルクーク県の県境付近)近辺における大規模な対ISIL掃討作戦では、軍関係者も含め複数名の死傷者が発生しています。
(2)イラク民兵組織
2018年以降、イランとの関係が深いとされるイラク民兵組織の一部が、主にイラク国内の米国等の関連権益を標的とした多数の攻撃を実行しました。こうした動きに対し、2020年1月、米国はバグダッドで空爆を行い、イランのソレイマニ革命ガード・コッヅ部隊司令官等を殺害しました。
また、2023年10月7日のガザ情勢勃発を受け、エルビル県及びアンバール県に所在する米軍拠点基地やバグダッド市内の米国大使館を始めとする米国権益に対し、民兵組織による攻撃が行われました。これに対し、米軍は、2024年1月以降バグダッド市内やアンバール県等で空爆を行い、民兵組織幹部が死傷する事案が発生しています。同年5月末から6月初旬にかけては、民兵組織に関わりが深い集団により、バグダッド市内の複数箇所の米国系フランチャイズ店(KFC等)が襲撃される事案が複数発生したほか、9月以降は中東情勢の悪化(イスラエルによるヒズボッラー及びハマス指導者らの相次ぐ殺害等)を受け、各民兵組織からSNS等を通じてイスラエルへの報復や反米を訴える内容が発信されました。9月及び10月には、バグダッド空港に隣接する米国関連施設周辺に複数発のロケット弾が着弾する事案が発生し、現在も両者の緊張状態が続いています。
(3)クルディスタン地域
「クルディスタン労働党(PKK)」や「クルド自由生活党(PJAK)」等のクルド人系政治集団は、主にクルディスタン地域(ドホーク県、エルビル県及びスレイマーニーヤ県)で活動しています。2023年9月には、エルビル市内の歩道橋で、PKKに関連のあるグループによる爆発事案が発生しています(人的被害は確認されていません。)。
また、こうした政治集団を標的として、クルディスタン3県の県境及びトルコ、イランとの国境付近の山岳地帯では、トルコ、イランによる越境攻撃が度々発生しています。2024年1月以降、トルコ軍による空爆や地上攻撃等の頻度が増加傾向にあり、それに伴い、依然として誤爆等で民間人に死傷者が発生する事案が確認されています。2024年1月にはエルビル市内にイスラエルのスパイ拠点があるとして、イランによるロケット弾による攻撃があり、民間人数名が死亡しています。また、同年9月には、エルビル県からスレイマーニーヤ県に繋がる幹線道路付近で民間車両が空爆を受け、子供を含む家族3人が死亡しています。
3 誘拐事件の発生状況
イラクでは、部族間での衝突等を背景とした政治目的の誘拐や、犯罪集団による身代金目的の誘拐が各地で発生しています。近年、外国人を標的とした誘拐事件の発生件数は減少していますが、2022年11月には民間の米国人男性が、2023年4月にはイラク・米国二重国籍の男性がバグダッド市内で殺害され、いずれも誘拐未遂の上殺害されたと報じられています。また、2023年3月には、バグダッド市内でイスラエル・ロシア国籍を保有するとみられる女性が誘拐され、2025年1月現在も民兵組織に拘束されています。2024年11月には、バグダッドでオーストラリア・イラク国籍を持つ女性が身代金目的の誘拐未遂に遭う事案が発生しています。
4 日本人・日本権益に対する脅威
イラクでは、過去に複数の日本人がテロや誘拐の被害に遭っています(2003年11月にサラーハッディーン県ティクリート近郊で日本人外交官殺害事件、2004年4月にアンバール県ファッルージャ近郊で日本人人質事件2件、2004年5月にバグダッド郊外で日本人ジャーナリスト襲撃・殺害事件、2004年10月に日本人旅行者人質・殺害事件、2005年5月に日本人襲撃事件が発生)。
ISILからの全土解放宣言は発出されていますが、ISIL分子の残党等によるテロは依然として発生しています。現時点で日本人及び日本権益に対する具体的脅威を示す情報には接していませんが、ISILは過去に日本を標的とする声明を発出していることも踏まえ、引き続き十分な警戒が必要です。
近年は、イラクにとどまらず世界各地において、軍基地や政府関連施設だけでなく、警備や監視が手薄で不特定多数が集まる場所を標的としたテロが頻発しています。特に、観光施設周辺、イベント会場、レストラン、ホテル、ショッピングモール、公共交通機関、宗教関連施設等は、テロの標的となりやすく、常に注意が必要です。
また、上記のように外国人を標的とした誘拐のリスクも排除されず、注意が必要です。
テロ・誘拐はどこでも起こり得ること、日本人も標的となり得ることを十分に認識し、テロ・誘拐に巻き込まれることがないよう、「たびレジ」、海外安全ホームページ、報道等により最新の治安情報の入手に努め、状況に応じて適切かつ十分な安全対策を講じるよう心掛けてください。