セミナー・シンポジウム報告

「危機管理リレー・セミナー」(高松、大阪)の開催について

  1. 外務省では、2006年11月20日及び22日、海外進出企業の危機管理担当者等を対象とした「危機管理セミナー」を高松及び大阪で開催しました。
  2. 本セミナーは、海外におけるテロ・誘拐への関心が高まる中で、海外に渡航・滞在する日本人、日本企業にとって、テロ・誘拐から身を守るための方策を講じることが益々重要となっていることから、テロ・誘拐情勢及び安全対策に関する情報提供や啓発活動の一環として、平成6年以来、本セミナーを毎年日本国内各地で開催してきています。
  3. 今回ご紹介する高松及び大阪でのセミナーは「海外進出企業等のための危機管理セミナー」と題し、ジェイ・エス・エス(株)の柊本危機管理コンサルティング事業本部長兼専務取締役、伊藤忠商事(株)の長谷川海外安全対策室長、外務省領事局の菅沼参事官、同局海外邦人安全課の吉田邦人援護官(大阪のみ)を講演者として、当省と開催地の経済団体及び地方公共団体等との共催で開催しました。
本文目次
  1. 個別発表
    (1)
    菅沼外務省領事局参事官
    (2)
    吉田外務省領事局領安邦人援護官(大阪のみ)
    (3)
    柊本ジェイ・エス・エス(株)危機管理コンサルティング事業本部長兼専務取締役
    (4)
    長谷川伊藤忠商事(株)海外安全対策室長
  2. 講演者略歴
広報資料
  1. 個別発表
    (1)菅沼外務省領事局参事官(「海外での最近のテロ・誘拐情勢、外務省による危機管理」)
    (イ)最近のテロ・誘拐情勢等

    海外に進出する日本人・日本企業は、テロ・誘拐だけではなく、ハイジャック、クーデター、暴動、感染症等、様々な脅威に晒されている。特に感染症については、新型インフルエンザが東南アジアで広がり始めれば、あっという間に中国や日本にも拡大する可能性が指摘されている。外務省でもタミフル(治療薬)の備蓄等に努めているが、企業でもその脅威に備えておく必要がある。

    テロについては、海外において日本人・日本企業を直接狙った事件はほとんど発生していないが、日本人が巻き込まれる事件は発生している。特にイスラム過激派のテロは、世界中のどこでも起きる可能性が出てきており、かつ、人が多く集まるソフト・ターゲットが狙われる傾向があるので、巻き込まれの危険性には普段から十分に気をつけなければならない。また、警備当局が対策を強化すれば、それに対して手口が巧妙化するとのイタチごっこにもなっている。さらに、関係者がテロに巻き込まれただけでも、マスコミの照会が殺到することが予想される。その中で初動をどうするのか、マスコミにどう対応するのかが問題になる。この対応を一歩でも間違えれば、大きなコストになって跳ね返ってくる時代になってきた。

    誘拐についても、日本人・日本企業であれば身代金を払ってくれるだろうとのイメージがあり、要注意である。一般的に、誘拐は事件の発生から解決までに大変な時間、コスト、労力がかかる。また、被害を受ける側であっても、企業のイメージ低下に繋がることもある。よって、事前に被害に遭わないよう対策をとること、被害に遭った場合にはいかにダメージを抑えるかが重要になる。

    (ロ)外務省による支援

    まず、パンフレット「海外で困ったら 大使館・総領事館のできること」のとおり、大使館や総領事館(在外公館)にもできることとできないことがある。テロや誘拐が発生しても、その国で実際に警察力をもって、あるいは実力行使により物事を解決できるのはその国の政府しかない。このような制約の中で、外務省は117の大使館及び65の総領事館とネットワークを形成し、24時間体制で精一杯のことをさせていただいている。また、普段からの外交努力によりその国の政府とのパイプを作って、万が一の時に支援を得られるよう努めている。

    もっとも、事件への対応能力には、残念ながら国によって差があり、また、我々の努力ではいかんともしがたい事態も生じ得る。したがって、まず自らの安全は自らが守っていくとの姿勢が必要である。

    支援の大前提として、3ヶ月以上海外に滞在する人は、現地在外公館にきちんと在留届を提出していただきたい。これは法律上の義務にもなっているが、それ以上に、危機の際の連絡を行う上で極めて重要となっている。在留届の提出は、インターネットでもできるようにしたので、是非とも行ってほしい。

    支援の第1は、情報提供である。その中心となっている海外安全ホームページについては、スピードを重視し、何か事件が起きると数時間以内にスポット情報を出したり、変更するようにしているので、是非ともチェックしていただきたい。また、在留届を提出し、電子メールなどをご登録いただいた方には、現地の在外公館より治安関連情報の提供も行っている。

    第2に、テロが発生した際には、現地政府・当局との連絡・折衝や、可能な範囲で治安関連情報や邦人安否情報の提供などを行っている。被害者の中に日本人がいる場合には、現地政府にその安全の確保を要請したり、搬送先の病院に館員を派遣したり、ご家族の支援などを行う。また、マスコミ対応の相談にも応じている。同じように誘拐の場合も、現地政府・当局との連絡・折衝や、マスコミ対応、被害者の支援などを行っている。

    (ハ)安全対策

    普段から事件に巻き込まれないように対策を考えておくことが重要。基本的な安全対策をスローガン的にまとめれば「3つのC」、すなわち、Caution(警戒)、Contingency plan(緊急対応計画)、Care(ケア)、である。

    Caution(警戒)とは、被害に遭うのを防ぐために警戒することである。意識的な面では、安全の3原則というのがあり、それは目立たない、行動を予知されない、用心を怠らないである。また、普段からの情報収集も大切である。現地の在外公館(領事班)にも接触していただき、最新の情勢を把握するとともに、万が一の場合の対応も検討しておいていただきたい。さらに、ビジネスに関係のないことでも、現地職員の話をよく聞いて、広く情報収集に努めることも重要である。

    物理的な面でも、窓ガラスに飛散防止フィルムを貼ったり、警備体制を整えることも大切である。実際の警備も重要であるが、警備しているのを潜在的な犯人に見せることも非常に効果的である。

    Contingency plan(緊急対応計画)についてであるが、実際に事件が発生した場合の対応計画を事前に作成しておくことも非常に重要である。特に、3点だけ強調しておきたい。第1に、最も大切なのは初動である。そもそも何かが起きたとき、これは危機かどうかという判断そのものが、更にその後の数時間の間に何をするかが重要になる。そこで間違えると、後から取り返しのつかないことになる可能性がある。したがって、この種の情報は些細なものでも、必ず現地のトップ(少なくとも警備担当者)に届くように情報の流れをよくして、その処理はトップが指揮をとらなければならない。また、出先と本社の役割分担についても、事前に摺り合わせておくべきである。出先は流れの延長線上でしか物事を見れないので、往々にして判断は楽観的になりがちであり、本社はそのあたりを加味して判断する必要がある。第3は、模擬訓練を実施することである。一度でも行うとどこが問題かがよく分かるので、極めて効果的である。ただし、これについても、トップが「多少仕事を遅らせてでもやろう」と指示しなければなかなか実現しないことを認識する必要がある。

    最後のCare(ケア)は、事件後の話である。様々な事件に巻き込まれた場合には、肉体的・精神的なダメージが残っていることが多く、しかもかなり幅広い関係者にそれが残っていることが多い。そこで、カウンセリングを実施したり、休暇をとらせたり、健康地に異動させたりするなど、組織的なケアも非常に重要である。

    (ニ)まとめ

    どうしてもリスクは避けられない。各企業に対してはリスクを下げる努力をお願いしたく、外務省としても可能な限りの支援を行い、官民が一体となって危機管理を行っていければよいと考えている。

    (2)吉田外務省領事局領安邦人援護官(大阪のみ。テーマは上記(1)と同じ。)
    (イ)冒頭

    自分からは具体的な事例を示し、補足的に外務省の対応を説明したい。その際、皆様方でどのような対応をしていただければよいかにも言及する。テロ・誘拐については菅沼参事官から申し上げたので、自分は暴動、自然災害、航空機事故、感染症の4つを説明する。

    (ロ)暴動(コートジボワール・アビジャン。2004年11月)

    暴動の例として、2004年11月にコートジボワールで起きた一連の経緯を説明する。同月4日、政府軍が反政府勢力拠点を爆撃した際、同地に駐留していた仏軍兵士9人が死亡した。これに対して仏軍が政府軍基地を破壊した結果、アビジャン等で反仏デモが発生し、さらに仏人学校への放火や仏人住宅の略奪が発生するなど、瞬く間に暴動になった。

    暴動発生後、我々は直ちに在コートジボワール日本国大使館(注:現在は一時閉館中。当時、アビジャンに所在。)に連絡をとり、スポット情報や危険情報を立て続けに発出して注意喚起を行うと同時に、在留邦人リストによって安否を確認した。パリやロンドンのように数千とか数万の在留邦人がいる場所ではなかなかできないが、コートジボワールは数十人単位なので、日頃から緊密に連絡をとり緊急連絡網を整備していた。

    まず、在留届によって登録されていた、アビジャンの在留邦人62人に治安情報を提供し、いざとなれば国外に退避しなければならないことをお知らせした。若干問題となったのは、現地の大使館でもすぐには把握できない短期滞在者であったが、暴動の発生直後に館員が現地のホテルに赴いて確認したところ、企業の短期出張者が5人おられ、在留邦人67人が確認された。

    幸いにも、仏軍がアビジャン郊外の空港を押さえていたため、定期便は止まっていたが、軍用機又はチャーター機は離着陸できた。念のため、在コートジボワール日本国大使館から仏、英、独の各大使に対して、また、在仏、在英、在独の各日本国大使館よりもそれぞれの政府に対して、いざというときのために支援を要請していた。結果的には、在留邦人67人のうち36人が、仏、英、独、スイスのチャーター機や軍用機で隣国のガーナや仏に退避した。なお、大使館員5人は残留した。

    最終的にはこれらの国の飛行機に乗せてもらったわけだが、最初からこれを当てにしていたわけではない。治安が非常に悪化した時点で、隣国のガーナやセネガル、コートジボワールで強い影響力を持つ仏などでチャーター機の手配を試みたが、いかんせん緊急事態であるため様々な問題があり、結果としてこれらの国に頼んだわけである。

    我々の基本的な立場であるが、スポット情報や危険情報を通じ、可能な限り定期便が出ている間に退避することをおすすめしている。だめな場合には日本政府が飛行機やバスを手配すること、それでもだめなら自衛隊機の派遣を想定している。そこで、いざとなれば自衛隊機が飛んできてくれるのか、ということが問題になる。確かに法律的には可能であるが、現実問題として、アフリカまでC-130(プロペラ機)を飛ばすことには時間的に無理が生じるし、受け入れ側の問題もあるなど、様々な制約がある。実際にも、これまでに自衛隊法に基づいて邦人保護のために自衛隊機が派遣されたケースは、1、2件しかない。

    なお、アフリカのような常日頃から危ない国については、拠点になるような在留邦人に無線を貸与して短距離無線網を作り、いざというときには無線で連絡がとれるようにしている。特に危険な国には、FM放送を大使館に配備し、いざとなればFM放送を通じて在留邦人の皆様に連絡するようにしている。現地の大使館から在留邦人には周波数を事前に周知するとともに、ラジオを持っていない人にはその購入をお願いしている。御社の駐在員がこれに該当する場合には、組織的にラジオを購入していただければ、万が一への備えになると思う。

    (ハ)自然災害(米南部のハリケーン。2005年8月及び9月)

    2005年8月末から9月にかけて、ハリケーン・カトリーナとハリケーン・リタが立て続けに米南部に上陸し、特にニューオリンズ市(ルイジアナ州)とミシシッピー州では甚大な被害が生じた。発生後一ヶ月の時点で死亡者は1,112人、被害額は2,000億ドルといわれている。邦人も1人亡くなられた。

    在ニューオリンズ日本国総領事館は、州政府からの退去命令に従って8月29日に在ヒューストン日本国総領事館の中に移転し、そこから邦人の安否確認を行った。当時、ルイジアナ州とミシシッピー州で在留届があったのが1,495人であり、約一ヶ月間かけて9割6分に当たる1442人まで確認したが、残りの53人はどうしても分からなかった。実際には、その多くは既に他の州に転居していたり、亡くなられた方であった。しかし、「1ヶ月経っても53人の安否が不明」と報じられると、社会に誤った印象を与えてしまう。よって、在留届の提出はもちろん、転出の際にもきちんと届け出てほしい。

    (ニ)航空機事故(米ケンタッキー州。2006年8月)

    2006年8月、デルタ航空機が米ケンタッキー州レキシントン市郊外の飛行場から離陸した直後、滑走路を間違えたこともあり墜落した。乗員乗客49人が亡くなり、1人が重傷を負った。邦人も2人亡くなられた。

    こういう時には、一報が入ると、直ちに事故に邦人が巻き込まれていないかを調べている。幸いにも米の場合には、法律によって、米国内発着便が事故を起こした場合には、航空会社がその乗客リストを国務省に通報する義務があり、被害者に外国人が含まれている場合には国務省よりその国に通報するという制度が確立している。今回の事故においても、国務省から在米日本大使館、その後に在京米大使館から外務省に対し、それぞれ被害者に邦人が含まれているとの連絡があったので、邦人の安否に関する情報は比較的早く把握することができた。

    邦人被害者が出た際、外務省及び在外公館で何ができるかということについては、菅沼参事官から申し上げたとおり、例えばご家族やご遺族が現地に渡航する際には、緊急旅券を発給したり、現地では在外公館が支援させていただいている。ご遺体の本人確認についても、本件は先進国での事故であり、被害者が現地に駐在されている方でもあったので現地当局で行えたが、特に途上国であればできないこともある。その場合には大使館が支援することになるが、見た目で本人確認ができなければ歯形やDNA情報を入手して、日本での生前情報と照合して本人確認を行う。要すれば、法医学の先生や近隣公館の医務官を現地に派遣する。

    (ホ)感染症(鳥インフルエンザ)

    最後に感染症については、鳥インフルエンザが東南アジアから中央アジア、欧州にまで広がっており、特にインドネシアにおいては感染者が増えている。先週の報道によれば、ベトナムやタイでは人の鼻やのどで増殖しやすいウイルスが発見された由であり、日本にも拡大する可能性は排除されず、十分に気を付けるべきだと考えている。インフルエンザについての広域情報は、これまでに「その1」から「その16」まで発出されているので、海外安全ホームページをご参照願いたい。また、効果の程は分からないが、外務省は約10万人分のタミフルを購入しており、東京と現地で共有している。なお、通常の危険情報とは別に、同じく「十分注意」から「退避勧告」までの4つのカテゴリーから成る感染症危険情報というのもあるが、その発出基準はやや古いので、修正する方向で検討している。

    (3)柊本ジェイ・エス・エス(株)危機管理コンサルティング事業本部長兼専務取締役(「海外でのテロ・誘拐事件と危機管理の実践」)
    (イ)最近のテロ情勢

    かつては、件数でも死亡者数でもテロは中南米が多かったが、米国務省の資料によれば、今は圧倒的に中東、特にイラクである。アジアで特に注目すべきは、多くの日本企業が進出しているタイである。同国南部の4県、中でも3県(ヤラー県、パッタニー県、ナラティワート県)では戒厳令が出されて、テロが日常茶飯事になっている。この地域では、昔からイスラム教徒による分離独立運動の一環としてのテロがあったが、2004年以降は、バンコクに波及しないのが不思議なほどの情勢だと思う。

    イスラム過激派による大規模なテロが起きやすい国の特徴を挙げると、第1は、イスラム教徒コミュニティのある非イスラム圏の国であり、欧米諸国、特に欧州諸国である。例えば英、西、仏、加、独、豪であり、これらの国の一部では既にテロやテロ未遂等が発生している。第2は、世俗主義イスラム教国であり、特にトルコとインドネシア、加えてUAEである。第3は出入国管理の緩い国、第4は治安機関の治安維持能力の低い国であり、1998年8月7日にそれぞれ米大使館の爆破テロが発生したケニアやタンザニア等が該当する。第5はイスラムの教えに反する統治形態のイスラム教国であり、サウジアラビアを筆頭とする湾岸産油国である。オサマ・ビン・ラディンの言動をよく分析すると、その究極の目標はアラビア半島にまたがる広大なイスラム原理主義国家の建設であるとみられ、サウジアラビア王家の打倒は同人の当面の目標であるといえる。第6は、国内に独自のテロ要因のない国である。コロンビアのようにテロが日常茶飯事の国は、治安機関や市民のテロに対する関心が非常に高いが、そうでない国は、国際テロリストが大規模なテロを起こすのに向く国といえる。日本はこれに該当する。(ただし、他の点を考慮すると日本ではテロが発生しにくい。)

    次に、イスラム過激派によるテロが起きやすい時期について、例えばイスラエル軍がレバノンに侵攻したからといってテロが発生するとは限らない。遡れば、1979年にソ連軍がアフガンに侵攻して以来のことであるが、もはや国際的なイスラム過激派にとってテロの動機や大義名分は十分存在しており、むしろいつ実行できるかということだけである。当然ながら、テロは新聞等が大騒ぎしている時期には発生した例がない。テロは最小限の兵力で強大な相手に巨大なダメージを与えるという第3の戦争であるので、9.11事件のように相手が予期していないような時期、場所、方法等で行わなければ成功はおぼつかない。したがって、相手の先を読まなくては、安全対策にならない。

    また、いわゆるイスラム「大衆テロ」と呼ばれるものがある。例えば湾岸戦争の際には、怒り狂った大衆が手製の爆弾を仕掛けるというような事件が世界中で300件程度発生した。大衆テロは、その時の情勢と密接に連動するので、やはり中東絡みで大きな事件が発生した際には要注意である。標的のほとんどはソフト・ターゲットであり、企業(特に米系ファストフードや国名が付いた航空会社や金融機関)が狙われる率も非常に高い。

    (ロ)テロの被害防止策

    今のところは、殊更に日本企業や日本人を狙ったテロが発生している国は、ほとんどないといってよい。問題は巻き添え被害であり、当然ながら、主たるターゲットに近づかないのが最善の策である。なお、いろいろな見方があるが、ジュマ・イスラミーヤは、明らかにオーストラリアを主要なターゲットにしていると思う。

    また、爆発物の何が危険であるかを知ることは、巻き添え被害を防ぐ意味で非常に重要である。例えば、前述の1998年のケニアとタンザニアでの米大使館爆破テロでも、同じ威力の爆弾を使っても、死傷者の数には大きな差があった。ナイロビの事件では、死亡者が200人、重軽傷者は5,000人であった。ところがタンザニアの事件では死亡者は10人、重軽傷者70人であった。この死傷者の差が生じた最大の理由は、ケニアの場合には発生場所がビル街であり、爆発によってガラスの雨が降ったためである。従って、遠くでも近くでも爆発の音を聞いたら、絶対にその場に伏せたりせず、ひさしの中に入らなければならない。

    (ハ)最近の誘拐情勢

    時間的な制約があり、中南米地域については後ほど長谷川室長からお話があるので割愛するが、今後憂慮すべきは中国での監禁事案である。台湾や香港のビジネスマンが随分被害に遭っている。また、犯行に不良邦人が関与する可能性もある。また広東省広州市では、幸いにも外国人の被害は出ていないが、2006年1月から6月までの間にワゴン車を使った短期拘束型の誘拐が100件以上発生している。特に、道を走っている車にわざとぶつけて、車から降りてきたら拉致する手口が多い。

    (ニ)誘拐の被害防止策

    官庁から出されているアドバイスは、当然ながら旅行者等、あらゆる日本人を対象とした原則なので、制約の多い企業関係者にとっては、そのままでは有効といえない部分が当然でてくると思う。そこで、企業としては官庁のアドバイスをかみ砕いて、自分達に有効なものに仕上げる必要があろう。例えば、安全の三原則のうちの「目立たない」については、現地で企業活動をする以上ある程度目立たざるを得ないわけであり、これを企業向けにアレンジしたら、誘拐組織に目を付けられるような「悪い目立ち方をするな」ということである。具体的には、「必要以上に自分の地位や財力を誇示するような言動をするな」ということと「身の周りの人の恨みを買うな」、ということである。過去に起きた事件の中には、明らかに周りの人間が関与したような事件が結構ある。管理職として現地職員に対して、厳しい管理者行動を取らざるを得ない場合にも、人間的には恨まれない方法もあると思う。

    次に、「行動を予知されない」というのも、そのまま完全に守るのは無理である。仮に努力してパターン化を避けるために出退勤の時間を変えても、相手はただ待ちさえすれがよいだけである。これもできる範囲を考えて、例えば毎週末決まったように同じゴルフ場に行くようなことはするなということである。

    用心を怠るなということについても、駐在員にはどのような用心を怠らないのかまで言わなければならない。1つには、菅沼参事官からのお話のように、警戒振りを見せることは決して無駄ではない。外国人駐在員の誘拐が発生している国では、特に現地のトップにはボディーガードが不可欠である。誘拐犯が狙うとすれば、企業人の場合はトップだからである。もう1つは、内部の者が事件の手引きを行うケースもあるので、周囲の人間の態度の変化に気をつけろということである。

    最後に、危機管理というとすぐに防弾車だ、防弾チョッキだとなるが、これらはプラス・アルファであって、まずは大人の危機管理の意識が必要である。例えば防弾車だから大丈夫だといって、夜でもお構いなく外出するようでは本末転倒である。

    (4) 長谷川伊藤忠商事(株)海外安全対策室長(「海外でのテロ・誘拐事件と企業の危機管理対策」)
    (イ) テロ情勢とそれへの個別の対応
    (a)タイ

    本日は、いくつかのテロや誘拐の事例を紹介しつつ、伊藤忠の対応につき説明する。最初に、2006年9月19日、伊藤忠はタイ南部ハジャイの駐在員の家族を日本に一時避難させた。ハジャイは、テロが多発する南部3県(ナラティワート県、パッタニー県、ヤラー県)の隣に位置するソンクラー県にある。仏教とイスラム教徒が半々の同地では従来ほとんどテロが起きていなかったが、9月16日夜にハジャイの繁華街の6カ所で同時爆弾テロが発生し、4人が死亡、60人が負傷した。この事件は、テロが組織化されて緻密になり、かつ地域的に拡大していることを示したため、家族を一時退避させた。

    伊藤忠では、駐在員や家族が住んでいる地域でテロの脅威が高まれば、速やかに駐在員の家族を避難させ、残った駐在員の安全対策に万全を期している。他方、テロの脅威が去れば家族を戻すようにして、柔軟に対応している。

    (b)インドネシア

    インドネシアではここ数年、年に一回ぐらいの割合で8月から10月にかけて大規模なテロが発生している。2002年の10月にはバリ島のディスコで、翌2003年の8月にはジャカルタのマリオット・ホテル(米系)で、2004年9月にはジャカルタのオーストラリア大使館前で、2005年10月にはバリ島の3カ所で爆弾テロがあった。犯人は、いずれもジュマ・イスラミーヤといわれている。

    従来、日本人や日本の施設はターゲットではなかったが、2006年4月、ジュマ・イスラミーヤの幹部が、スラバヤの日本総領事館や日本企業の動向調査を2005年初めに部下に命じていたことが明らかになった。日本もターゲットにされる可能性があると判断し、警戒を強化した。伊藤忠では、インドネシアについては折に触れて社員及び家族に対し、(i)米、英、豪の大使館や関連施設にはできる限り近づかない、(ii)ショッピングセンターや歓楽街のような人の多く集まる場所をできるだけ避ける、又は短時間で用を済ませる、(iii)深夜に至る外出、ディスコやナイトクラブの立ち入りは控える、(iv)ホテルやレストランは警備のしっかりとした所を利用する等の注意喚起を行っている。

    (c)サウジアラビア

    2003年5月にリヤドのコンパウンドで爆破テロが発生した際には、他社の邦人駐在員1人と邦人援助関係者2人も負傷した。サウジアラビアではこの後も欧米人を狙ったテロが散発している。2004年5月に東部のアル・コバルで発生したテロでは、武装集団が他社の邦人駐在員の住居に侵入したが、異変を察知した夫人がとっさに物置に隠れて事なきを得た。

    サウジアラビアでテロが多発した時期に、自分は現地でセキュリティー調査を行った。伊藤忠は、欧米企業と一緒に王族所有のオフィスビルに入居しているので危険性がある。正面入口には装甲車1台と兵士5、6人が警戒に当たっており、正面玄関では厳しいセキュリティーチェックが行われていた。他方、裏の通用口はノーチェックであった。テロリストが侵入する可能性もあるので、オフィスの出入口には常に施錠するよう指示した。また、オフィスの表通りに面した窓ガラスには、飛散防止フィルムを貼った。

    駐在員のコンパウンドには270軒程度の住居がある。その周囲には高さ3m程のコンクリート壁があり、壁の上には有刺鉄線が張られて、監視カメラも随所に設置されている。幹線道路からコンパウンドの入口までの道には3カ所程のチェックポイントがあり、装甲車も止まっていて兵士もいる。しかし、100%安全とはいえない。駐在員の家は2階建てなので、1階と2階の間に鉄格子の扉を付けるようにした。ただし、サウジアラビアでは、当局の取り締まり強化により治安が改善しており、伊藤忠でも現在は家族の渡航を認めている。

    (d)公共交通機関のテロ

    公共交通機関のテロについては、2006年8月に英で米航空機の爆破テロ計画が発覚して阻止された。ロンドンでは昨年7月に地下鉄で連続爆弾テロが発生した。公共交通機関を狙った爆破テロは増加傾向にあり、2006年7月にはインドのムンバイで、2004年3月にはマドリードで列車の連続爆破テロがあった。伊藤忠では、テロが起こりやすい地域であり、かつ、公共交通機関の警備が手薄なところでは、鉄道やバスの利用は避けて、できる限り車で移動するように指導している。

    (ロ)一般的なテロ対策

    伊藤忠は、地域を限定せず一般的に(i)緊急連絡網をいつも最新にする、(ii)居場所を明確にしておく、(iii)大使館との連絡を密に(情報入手)、(iv)危険な場所に近づかない、(v)普段と異なる危険兆候に気づくようにする、という5つの基本対策をとっている。大使館からいろいろと治安関連のニュース等が提供されるので、駐在員には在留届を出すように言っている。また、大使館のホームページを折に触れて見るように言っている。危険な場所についても、大使館の情報等で把握できる。

    (ハ)誘拐対策
    (a) 短期型誘拐と長期型誘拐

    本年4月に、ベネズエラで、他社の邦人駐在員がスーパーマーケットで買い物をして車に戻ったところを4人組に襲われて、誘拐されそうになった。10年程前には、メキシコで伊藤忠の駐在員が、コンビニの駐車場で車の速度を緩めたところを5人組に拉致される事件が発生した(翌日解放)。2001年5月には、ブラジルで日本の機械メーカーの現地社長を含む邦人3人が、夕暮れにゴルフ場からの帰り道で5人組に拉致される事件があった(後に解放)。これらは計画的な犯行ではなく、比較的低い額の身代金を払えば短期間のうちに解放されるので「短期型誘拐」と呼ばれている。この種の誘拐は中南米のみならず、最近ではナイジェリア、イエメン、アルジェリアなどアフリカや中近東に広がっている。

    他方、「長期型誘拐」もある。1997年8月にフィリピンで誘拐されて、4日後に解放された日本の建設会社の現地社長のケースでは、誘拐の前兆とも言えるような不審な電話が、社長のオフィスに何回も掛かってきた。2001年2月には、コロンビアで、日本の自動車部品会社の現地副社長が帰宅途中に誘拐されて、2年9ヶ月後に亡くなられた事件があった。これらの誘拐は計画的であり、身代金の額も大きくなり、そのため交渉の難度も上がって長期に及ぶことが多く、「長期型誘拐」と呼ばれている。中南米やフィリピンを中心に今も起きているが、外国人が誘拐されるケースは少し減ってきているように思う。

    (b)予防策

    予防策は、やはり安全の三原則(目立たない、行動を予知されない、警戒を怠らない)に尽きると思う。ただし、現実問題として3つとも守るのは大変なことであり、最も重要な「目立たない」に加えて、「行動を予知されない」か「警戒を怠らない」かのどちらかを守ることが大切だと考えている。また、誘拐は通勤途中に起きるケースが多いため、伊藤忠も他の日本企業同様、コロンビアやメキシコ、ブラジル等では、支店長クラスが防弾車を利用している。

    (c)事件発生時の対応

    誘拐事件が発生した場合には、警察に連絡する前に、まずは大使館や総領事館に対策を相談することが有効である。地元警察が先に動くと情報が外部に漏れたり、大使館の警察幹部ルートとは異なる捜査ラインになり、トラブルが生じ易い。欧米系の誘拐コンサルタント会社に協力を依頼することも通常行われているが、これは彼らが事件解決のノウハウに富んでいるためである。次にプレス対応であるが、報道によって新たな被害が発生する可能性もあるので報道自粛をお願いすると同時に、不用意な発言を避けることも必要である。身代金については、安易な支払いは次の誘拐を生むことにもなり、また、現地の法律に抵触しかねないので、専門家のアドバイスを受けて慎重に対応する必要がある。このように誘拐等の危機に対しては、対応マニュアルを作成して事件に備えることも重要である。

    (ニ)まとめ

    伊藤忠では、トップが機会を捉えては社員に安全が第一とのメッセージを発しており、自分としてもできる限りトップに報告するようにしている。十分な情報収集や分析を通じて社員の安全を守ることは、企業価値を高めることにも繋がると思う。自分は、情報の収集及び脅威の評価を行い、それを現地の駐在員等に連絡してコミュニケーションをとる、現地のセキュリティー調査をして足りないところを補う、マニュアルを作成する等の業務を行っている。有事の対応は発生から24時間以内が勝負であり、マニュアルもそのことを念頭に置いて実際に役立つものを心掛けている。様々な脅威がある中で、社員安全の第一歩はリスクに関するコミュニケーションの機会を増やすことではないかと思う。

  2. 講演者略歴
    • 菅沼 健一(すがぬま けんいち)
    • 外務省領事局参事官(前危機管理担当参事官)
      1978年 4月
      外務省入省
      1993年 8月
      総合外交政策局兵器関連物資等不拡散室長
      1995年 7月
      経済局国際エネルギー課長
      1997年 2月
      経済局国際機関第二課長
      1998年 2月
      在ウィーン国際機関日本政府代表部 参事官
      2000年12月
      在ロシア日本国大使館 公使
      2003年 2月
      在シンガポール日本国大使館 公使
      2005年 8月
      大臣官房参事官(危機管理担当)兼領事局
      2006年 8月
      現職
    • 吉田 潤(よしだ じゅん)
    • 外務省領事局海外邦人安全課邦人援護官
      1973年 4月
      外務省入省
      1987年 6月
      在シアトル日本国総領事館 領事
      1992年 3月
      中近東アフリカ局中近東第二課 課長補佐
      1994年 4月
      条約局法規課 課長補佐
      1997年 7月
      在エジプト日本国大使館 一等書記官
      2001年 7月
      在ヨルダン日本国大使館 一等書記官
      2004年 5月
      現職
    • 柊本 盛治(ひらぎもと もりはる)
    • ジェイ・エス・エス(株)危機管理コンサルティング事業本部長 専務取締役
      1964年 7月
      神奈川県警察官拝命
      1977年 4月
      警察庁警備局外事課に出向
      1979年 4月
      外務省出向ミュンヘン総領事館勤務
      1982年 4月
      神奈川県警復帰
      1988年 4月
      ジェイ・エス・エス(株)入社
      ソウル支社長、取締役、常務取締役を経て現職
    • 長谷川 善朗(はせがわ よしお)
    • 伊藤忠商事(株)海外安全対策室長
      1971年 3月
      早稲田大学法学部卒
      1971年 4月
      伊藤忠商事(株)入社
      1979年~83年
      アルジェリア駐在
      1991年~95年
      エジプト駐在(中近東企画部長)
      1997年
      欧州・CIS室長
      1998年
      現職
      2005年 5月
      (社)日本在外企業協会海外安全部会長

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