9.11テロ事件後の国際的努力、いわゆる「テロとの闘い」により、テロ対策が進展し、具体的には国連、G8サミットの枠組みや二国間合意の形等でテロ対策が進捗してきている。これによりテロリストに対し網がかかるようになってきており、テロ組織側の活動は概ね次のような変化を示していると見られる。
主な事件としては、昨年7月のロンドンでの連続爆発事件、また同月にはエジプトのシャルム・エル・シェイクで連続爆発テロ事件が発生し、更にエジプトでは今年4月にもダハブで連続爆発事件が発生している等同国ではほぼ毎年発生している。また、インドネシアでも大きな爆弾テロ事件がほぼ毎年発生している。その他これまで未発生の地域でもテロが発生している。
現在テロの主戦場であるイラクとアフガニスタンでは、武器の高性能化による攻撃の過激化が一般的な傾向としてみられる。主な特徴としては、自爆テロ、同時多発攻撃の増加、実行犯としては当局にマークされていない人物、という傾向が見てとれる。
また、イスラム過激派のネットワーク化については、東南アジアにおけるネットワークの拡大に注意を要する。インドネシア、フィリピンでは、テロ組織関係者間の協力が一部明らかになっている。
南西アジアでは、カシミールで従来よりテロが発生しているが、バングラデシュ等でもその影響が出始めている。即ち、これまで国別にある程度独立して実施していたものが、それぞれのノウハウを伝え合い、地域全体で連動する現象が生じている。国内の取り締まりが激しくなると、地域での連携が活発化し、国境地帯など細部のコントロールが及びにくい地区がハブとして使われやすい。従って、複数のテロ情報を合わせ、国別でなく地域別に見る視点が必要と考えられる。またテロの危険性は、たとえ一つの組織の幹部が逮捕されたり死亡したりしても、危険性が小さくなるとは言えなくなっている。
昨今、テロ組織の活動を察知することが困難となってきており、テロ組織のグローバル化により、国を超えた対策の必要性が一層増している。ターゲットが絞りにくい、どこでテロが起きるか分からないとなると、我々にとっては日常的に危機管理が必要になってきていると言える。
危機管理を階層的に分類すれば、1.政府の危機管理、2.組織の危機管理、3.個人の危機管理、が連動して全体を構成する。政府としては、情報提供、万が一の際のセーフティーネットの提供との観点から貢献しており、引き続き強化していきたい。更に、組織としての危機管理体制の整備、また個人のレベルでの情報収集、自らの安全を守るための措置が必要。
テロは具体的対策次第では避けられるとの観点から、予防策の実施や組織的対応について考えて頂きたい。スローガン的にまとめれば、テロの予防には3つのC、即ちCaution(事前の警戒)、Contingency Plan(緊急対応計画)、Care(ケア)を挙げることができる。また警戒措置については、それぞれの国の実情に応じて防止措置を執ることが必要。右観点から、外務省としては、海外における邦人の安全確保のため渡航情報(危険情報、スポット情報、広域情報)を発出し、様々な情報をホームページを通じて発表しているほか、パンフレットを作成・提供している。またセミナーを通じて、危機管理の対応の必要性を呼びかけている。また実際に事件が発生した際には、情報収集、邦人安否確認を含む被害者への助言、現地政府への依頼、被害者家族のケアなど、政府としての対応を実施している。
これら情報を見て、どのようなことが発生しているのか、その傾向を知っておいて頂くだけでも予防の観点からは効果的である。意識を持って頂くだけでも被害を受けずに済むことがあるので、是非一読をお願いしたい。
テロは他人事ではない。観光地としての北海道には近年、中国、台湾、オーストラリア等から多くの観光客が訪れているが、彼らを狙ったテロが、北海道で起こらないとは言い切れない。邦人が犠牲になった、97年のエジプトの観光地ルクソールでのテロ事件も、2002年と2005年のバリ島でのテロ事件も、海外から来ていた外国人観光客を狙ったものだ。9.11米国同時多発テロの実行犯は外国から来ていた者たちだ。91年に筑波大構内で起きた、サルマン・ラシディー著「悪魔の詩」の翻訳者五十嵐一助教授殺害事件は、海外から来日したイスラム過激派の暗殺者による犯行の可能性濃厚といわれている。今の世界にテロと無縁の場所はない。テロ以外に、大地震、大規模鉄道事故、大火災など、様々なリスクにも備えておかなければならない。そこで求められるのが危機管理だ。危機管理により、危機発生の可能性を低くし、万一発生した場合の混乱や損害を軽減することができる。
テロの背景には、強国による覇権、国内紛争、非民主的社会、汚職、宗教問題、貧富の格差等様々な要因がある。このような状況の是正に寄与するべく、日本政府は貧困対策として途上国へのODAを実施しており、企業レベルでは、海外の工場で現地雇用を創出するなどの努力をしている。しかし、問題の根は深く、当分テロがなくなることはないだろう。
今後注意を要する国のひとつが中国だ。中国では経済が急速に発展しつつあるが、その一方で、04年には国内で7万4千件もの暴動が発生しており、その多くが不法に土地を奪われた農民達によるものだ。地方政府の幹部が業者と結託して農民からタダ同然で土地を奪い、それを工業団地やホテル用地として高額で売却し、私腹を肥やす行為が横行しており、それへの農民や住民達による反発が暴動に発展している。04年の国連人類発展報告によると、中国のジニ係数(所得不平等を示す指数)は0.45~0.53で、これは「慢性的に暴動の危険をはらむ」状態を示している。これが今後テロという形とっても不思議ではなく、テロの現場は、中国と比べてはるかにセキュリティー体制の緩やかな、日本になるかも知れない。すでに、中国から日本の官庁や民間企業に対する「サイバー攻撃」は頻繁に行われている。
テロの手口は爆破だけではない。それ以外に、暗殺、誘拐、放火、「サイバー攻撃」など様々だ。爆弾の材料は、化学肥料、重油など、大半は誰でも自由に入手可能であり、製造方法はインターネットで容易に入手することが出来る。実際に、04年3月のマドリードでの鉄道爆破テロも、05年7月のロンドン地下鉄同時爆破テロも、容易に入手可能な材料による手製爆弾や携帯電話を用いた時限装置を用いて行われている。テロが多く発生する国では、建物の入り口に金属探知機が設置されている場合が多いが、金属を一切使わない爆弾の製造も可能、自殺テロリストは、建物の入り口で爆弾を破裂させることで十分目的を達成することができる、などのことから、予防対策にも知恵と柔軟性が求められる。
テロの標的も変化している。インドネシアを例にとれば、当初イスラム過激派はインドネシアの政府関係施設を標的としてテロを行っていたが、その後標的は現地の欧米関連施設や欧米の観光客に変わり、今後は日本人や日本関係施設が標的となる可能性がある。イスラム地下組織ジェマー・イスラミア(JI)の幹部で、バリ島爆弾テロの首謀者とされているヌルディン容疑者が、05年初旬、ジャワ島東部スラバヤの日本総領事館の下見や日本企業の動向調査を部下に命じていたことが、インドネシア治安当局による捜査の結果明らかとなっている。
過去の事例から見ると、テロリストは、複数の標的を比較して、より容易な方を狙う傾向がある。そのため、他人や他社より、少しでもしっかりした安全体制を構築することがテロ予防対策の基本となる。典型的対策は、ビルや工場の入り口での入出管理の強化だ。また、テロへの巻き込まれ被害を防ぐために、テロの標的となる可能性の高い施設への立ち入りを最小限度にする、レストランなどでは、繁忙時間帯を避けるなどの対策により、リスクを低くすることが出来る。
しかし、テロリストが予想に反した行動をする可能性は常にあるため、テロの被害を完全に防ぐことはできない。そこで求められるのは、有事における対応体制の確立である。爆弾テロの予告電話を受けたときに、避難ルート、避難場所、爆発物捜索手順などが予め定められており、訓練も行われていれば、パニックになることが避けられる。たとえ運悪く自社施設がテロの被害に遭った場合でも、データ・バックアップ、機能の分散、在庫の確保、有事対応計画の策定と訓練などがなされていれば、業務に及ぼす影響を最小限に止めることができる。これは、大地震や津波など不可避な自然災害にも適用出来る考え方だ。
予防対策にせよ、有事対応体勢の確立にせよ、危機管理には一定の手間と費用と時間がかかる。その上、それらがいつ役に立つか分からない。そのため、企業においても自治体においても、危機管理体制の充実は二の次にされることが多い。しかし、実際には、危機管理は「今の利益」にもつながる投資だ。外国投資家を株主に持つ企業では、社長が海外に出向き、投資家向けの業績発表を行うことが通例となっているが、最近の発表の場では、ほぼ例外なく危機管理体制についての質問が出る。投資家にとって、投資先企業が、大地震やテロなどの被害に耐え得るか否かは重要関心事項だからだ。その時に、社長が、危機に耐え得る体制の存在を、明快かつ具体的に説明できれば、株価は上がり、社債の金利は下がる。逆に、社長の発表内容が不十分であれば、株価の下落につながりかねない。また、自治体が工場誘致をする際に、危機管理体制の充実は強力な武器になる。自治体としての危機管理体制が整っていれば、企業が独自に掛ける費用が少なくてすむからである。このように、危機管理は、万一の時に役に立つのみならず、企業や自治体の本来業務における競争力を強化し、企業価値を高めるための前向きな投資なのだ。
「危機管理」と「リスク管理」の違い、及びテロについてお話ししたい。「危機管理」と「リスク管理」は、ほとんどの人は同じだと考えているが、リスク管理はリスクに対する対処であり、危機管理はリスクをいかにアンダーコントロールに留めるか、という点が違いである。リスク管理には予防が重要であり、予防をしっかりしておけば事件発生時の被害が小さくなる。いずれは発生するものとして考えて準備しておく必要がある。事件発生後では遅いので、個人でできること、企業が組織的に取り組むこと、国にお願いすること、を分類する必要がある。
企業の危機管理の目的は社員を守ることであるが、海外の駐在員、出張者を守ると同時に、企業としては営業活動を継続することが重要。国外で危機が発生するとマスコミからは「いつ駐在員を引き上げるのか」等と問われるが、商売は継続しなければならないのであり、日本人だけ帰って現地職員だけ残すことはできない。
当社では、1988年に海外安全の為の専門部署として安全対策室を立ち上げた。専任者は2名で通常業務は対応するが、大きな事件が発生した際には2人では対応できない。様々な組織のサポートする必要が生じる為、他の部署からの兼務者7名を置き、いつでもサポートを受けられる横断的な組織が特徴である。
事件・事故に遭わない為の予防策・意識向上の為、赴任前の研修、現地大使館への相談、現地責任者とのパイプ作りなどを実施している。海外で事件発生の際は、直ちに安全対策室で連絡を受け、会社の幹部に直ちに連絡を入れることとしている。インパクトの大きな事件、事故が実際に発生した際には、何分後に幹部(社長レベル)のところに報告できるが重要。事態の内容にもよるが、目処として15分以内に幹部の耳に入るパイプか出来ているかが、重要なポイントとなる。当社では、大きな事件が発生すると人事担当役員が本部長となり、緊急対策本部を立ち上げることになっている。幸い、最近は斯様な事例は発生していない。
9.11事件以降テロの状況は大きくクローズアップされるようになり、テロは今後も続くと考えている。テロの規模は、爆弾の量が10kg位のもの(個人が身につけた爆弾)、100kg位のもの(乗用車が必要)、1t位のもの(トラックやランドクルーザーが必要)と分類できる。最近の傾向としては、当局のテロ対策は進んだ為、規模は小さくなってきているが、いつどこで発生するは判らない。
外務省海外安全ホームページの標題しか読まない人が多いが、過去のテロ事件の傾向や可能性など、かなり詳細な説明が掲載されているので、旅行者や出張者はもちろん、駐在員、企業の安全対策の関係者もよく読むべきと考える。繰り返しになるが、ターゲットになりやすい施設には近づかない、訪問は短時間にすませる等の対策が重要。
実際に事件が発生した場合、24時間体制が取れる緊急対策本部の設置、外務省・現地治安当局への連絡、被害者留守宅の世話、長期戦になった場合の交代要員の準備等を行っている。
1978年のエルサルバドルでの邦人社長誘拐殺害事件、1982年にコスタリカで社長誘拐未遂事件が発生したが、その後日本が豊かになったこともあり、社長だけでなく一般の日本人もターゲットとなるようになった。海外では、日本人は豊かで金持ちと思われている。皆さんが千ドル(10万円)所持していることは、泥棒や一般の方から見れば、年収の2年分~3年分を持って歩いているようなものであり、相手から見れば美味しいターゲットと成りうる。
誘拐されないための安全対策は、目立たない、日頃から各自の行動に注意する、身の回りに不審な動きがないか注意することが大切。商売と同じで、相手の立場に立つべき。女中さんや運転手から恨みを買わないよう日頃から謙虚で誠実に接すること。また襲われたら覚悟を決め、抵抗しないことが重要である。