冷戦時代は国家間の対立であったが、世界情勢の大きな特徴として、9.11米国同時多発テロ事件以降、国際テロリズムが脚光を浴びるようになってきた。テロリストは国家権力に対して立ち向かってくるが、その手段として非常に弱い部分を狙ってくる。また、海外において邦人がテロ事件に巻き込まれるケースは少なく、そのリスクを数字で表せば非常に小さい。しかし、テロは確実に起きているということを肝に銘じなければならない。テロは予測することが非常に難しく、防御するためには、四方八方に網を張る必要があり、大変な手間と労力を要する。
9.11米国同時多発テロ事件以降、米国がアフガニスタンにてタリバーンを攻撃したことにより、同組織は各地に分散した。また、イラクにおいては、アル・カーイダと関係があると見られる様々な組織が米軍と対峙しているが、戦闘が終息したとしても、各組織は各地に分散していくと思われる。このように、テロリストが細胞分裂を起こして、ガン細胞のように色々なところに飛び火していき、様々なグループ、組織と結びつくような形で、テロの世界的なネットワークができていくという状況にある。
テロの手法は多様化、巧妙化、洗練化されている。また、ターゲットは、ソフト指向、無差別化してきており、保養地、攻撃が比較的容易なショッピングモール・ホテル、ロシアで起きた学校占拠事件等、不特定多数、ソフト・ターゲットを狙ったテロへと拡大している。
中南米において、日本企業の関係者が左翼ゲリラに誘拐されるといった事件は以前からあった。最近では、アル・カーイダの幹部であるザワヒリによると見られる声明で日本が名指しされるなど、今後も、イスラム系のテロリストによる日本人を標的とした誘拐事件、爆弾事件が発生する可能性がある。また、直接のターゲットとはなっていなくても、バリ島でのホテル爆破事件、ジャカルタでの豪州大使館を狙ったと思われる爆破事件等、人が多く集まるところでテロが起きた場合、日本人が巻き込まれることも十分に考えられる。
テロに巻き込まれないためには、情報収集・分析を行い、危険なところは回避するということが基本原則である。またターゲットにならないためには、情報収集にプラスして隙を見せないことが肝心である。予防策として、警備員・防弾車の配備、飛散防止フィルム・鉄格子・入り口への障害物の設置及び行動の不定期化などがある。つまり、ハード面での警備強化及びテロリストに行動を悟られないことの2点が非常に重要である。
また、テロの被害に遭った場合に備えて、マニュアルの策定及び右に応じたシミュレーションの実施、在外公館等の関係機関との事前の情報交換など、対応策を事前に準備することが必要である。
テロとは、簡単に言うと、一般大衆及び社会に対して恐怖感を与えることを目的とし、政治的な動機を持ち、組織的、計画的に行われるものである。組織の形態としては、アル・カーイダに代表されるような国際的テロ組織、日本国内においては左翼系及び極右系のテロ組織、また、国家がテロをやっていたというケースもある。それ以外では、反グローバリズム等の社会運動的なテロ組織というのも増加している。更に、1995年、米国でオクラホマ連邦ビルが爆破された事件のように、個人がテロを行う場合もある。
フィリピンにおいては、アブ・サヤフ・グループ(ASG)、共産党新人民軍(NPA)等の組織が身代金目的の誘拐事件を行い、莫大な活動資金を得ている。また、中国でも多数の誘拐事件が発生している。
1945年以降のテロで、100人以上が死亡、1,000人以上が負傷したものは全部で41件ある。その内25件が1990年以降に発生し、更にその内9件が本2004年になって発生している。特にここ1、2年はイスラム原理主義系のテロ組織が活発に活動しており、無差別及び大量殺害型のテロを行っている。
中東地域は失業率が高い国が多く、こういった状況下で、イスラム原理主義が浸透する余地が出てきたことが大きな背景としてあり、且つ、反米ということで非常に結集(ネットワーク化)し易くなっている。
国別の大規模テロ(10名以上死亡)の発生件数はイラクが突出しており、主権委譲のあった2004年6月は11件、10月には10件発生している。その他、パキスタン、インド、ロシア、アフガニスタン、ネパールにおいては、昨年と比べ今年はテロ発生件数が大幅に増加している。ネパールにおいてはマオリストという毛沢東主義によるテロであるが、それ以外はほとんどイスラム原理主義を標榜するテロリストによるものである。また、年別の発生件数を見ると、2002年は25件だったのが、2003年は60件と大幅に増加したが、本2004年は既に112件発生しており、昨2003年と比べるとほぼ倍以上になると思われる。
アフガニスタンはアル・カーイダ系のテロ組織の一番の拠点になっていたが、2001年10月の対アフガニスタンの武力行使により壊滅した。テロリストは色々なところに流れ込み、最も多いのがイラク、それ以外では、東南アジア、ボスニア、チェチェン等である。
手段として女性による自爆テロが頻発している。女性による自爆テロが行われるところは、現時点では、チェチェン、スリランカ、イスラエルの3つしかない。誘拐については、その場面をホームページで流すなどこれまで考えられなかったような手法も取られている。また、自動車爆弾については、イラクでは赤十字のマークを付けた車、救急車を使うなど様々な方法が取られている。
出張者の多い企業はしっかりとした管理システムを構築することが求められる。駐在員の所属は人事部で確認できるが、出張者については、行く先、人数等を把握することが難しい。右を把握するためには、例えば渡航管理システムなどをLAN上に構築し、フライト名、ホテル名等を入れることにより改善される。但し、フライト名等を入力するようにといっても、大抵誰も入れない。ある企業では、システムに入力しなければ旅費の精算ができないようにし、その問題を解決した。同システムを導入していた企業は、9.11米国同時多発テロが発生した際に、事件の第一報はだいたい夜10時ぐらいであったが、米国だけでも100名以上の出張者がいたにも関わらず、翌日、2時か3時ぐらいには全員の安否が確認できた。その一方で、出張者が数名だったにも関わらず、安否確認に3日かかった企業もある。
マニュアルを作ることは重要であるが、マニュアル通りに危機が起きたという事例は一つもない。マニュアルを活かすためには、色々なシナリオを考えてシミュレーションを行わなければならない。また、マニュアルを作ることによって社員に危機管理の意識を持たせることが重要であり、それがある意味マニュアル作りのゴールでもある。自分の経験から、20ページ以上のマニュアルは作っても誰も読まない。「皆のためのマニュアル」を作成すると100ページぐらいになる。それよりは、海外出張用、海外赴任用、帯同家族用という形に分けて作成する方が有効である。
テロリストは色々な標的の中から、一番のソフトターゲットを狙い、100%成功する時と場所を選ぶというのが一般的である。従って、テロが実行される前には色々な兆候が出てくるため、ある程度対策を取ることも可能である。施設のセキュリティは重要だが、情報管理も非常に重要である。欧米企業では、駐在員のトップの名前、写真、経歴等は一切外に出さない。しかし、日本企業のトップは、雑誌や新聞の取材を受けて写真入りで掲載される。これらはテロリストにとって、大変重要な情報源になる。また、ゴミには個人情報が入っているので、欧米企業は簡単には捨てず、非常に厳格に処理する。この点が、日本企業においては若干欠けるところである。
また、「ハードターゲット化」を図るということは、施設面でのセキュリティを上げるだけではなく、現地職員も含めた社員の行動において、テロリストから見ても「これは、ちょっと侵入し難いな」と思わせることである。
当社は、刻々と変化する各国の安全基準を独自に作ると煩雑になるため、外務省の危険情報を次のとおり半ランク厳しくした形で活用している。
但し、企業にとって商売は大事であり「絶対に駄目だ」とはしないで、例えば、100億円の商売がある場合には、海外安全対策室と相談して事前に特別の準備をした上で役員の決裁をとって行く場合もある。
また、緊急事態用の連絡網を作成しているが、海外の会社、日本の工場、本社の各部門において、1名だと不在の場合もあるので、それぞれ2名ずつの担当を登録して、必ず連絡が取れるような体制を構築している。
昨2003年の4月、5月は連日SARS問題の対応に追われていた。当社では5月17日に北京の工場で3名のSARS患者が発生した。また、翌日、更に2名の患者が出ため、急遽、緊急対策会議を開き、会議の翌日に記者発表を行った。発表が遅れて「何か隠しているのではないか」と疑われる前に、早く情報公開ができて良かった。また、SARSに対処するための「SARS BUSTER CARD」を準備して、出張者や駐在員全員に配布した。このように、企業としてしっかり安全対策を講じているという物証を示すことも大切である
一般人にはテロを防ぐ手だてはない。唯一できることは、時期的、場所的に危険だと思われるところにはなるべく近づかず、例え、行かざるを得ないところに立ち寄ったとしても、用事が済んだら直ぐに立ち去ることが肝心である。
リスクマネジメントとは「予防対策及び発生後の対応を事前に準備しておくこと」である。あるリスクマネジメントの本に「人は自分が報われることをするものである。あまり重要でないこと、重要でないと見られていることには真剣に取り組まない。」と書いてある。要するに、人は評価されないことには一生懸命取り組まないので、安全対策を軽んじている企業では、きちんとした安全対策はできない。やはり、経営トップがどのように安全対策を考えているかということが重要である。
当社では、安全対策を含むリスクマネジメントは、「人間が大事、信用保持が大事」という当社の理念に基づいて行っている。経営は「人・物・金・情報+それらに関するリスクマネジメント」であり、当社の海外の会社では、年に1回作成している事業計画の中にリスクマネジメントの項目を入れて、社長に報告している。また、日本本社としてもリスクマネジメントは経営の不可分の一要素である訳で、リスクマネジメント委員会は副社長が委員長になっている。
企業のトップが、リスクマネジメントをしっかりとやるという意識を持ち、社員の一人ひとりが「自分の雇用を守るんだ」という気持ちになると、結果としてリスクに対して強い会社になり、経営の質も向上する。